第三章 魔法学戦編

第37話プロローグ

--今からちょうど一年前のこと


夜の光が差し込むその部屋には一つの大きなテーブルが中心に置かれており、それを囲むようにして四人の男女が座っている。その中の一人である金色の髪をし、青色の瞳を持っており、まるで絵本の王子様のような雰囲気を漂わせた少年が口を開いた。


「まずは集まってくれたことに感謝するよ、みんな」


「そういうのはもういいから。んであたしたちをわざわざ呼び出した理由はなんなの?」


薄紫の髪を背中までしっかりと伸ばし、赤い瞳をした勝気そうな少女は少年に問うた。


「分かったよ。呼び出した理由は二つ、一つは来年に特級異能者でありながら《英雄の世代》としての力を持った僕たちが各国の国立学園に入学したときのためだ」


「それって……来年の他国との魔法学戦と関係しているってことですか?」


黒の髪を肩まで伸ばし青色の瞳をした気弱そうな少女がそう聞いた。そもそも魔法学戦というのは自国の魔法師の優秀さを見せるとともに親交を深めるための魔法を使った競技大会である。


「その通りだよ。一応、先に言っておくけど僕たちは特級異能者として力を誇示しなければならない。だからもし大会で戦うことになるというのであれば全力で戦うこと。手加減なんていらないからね」


「あたしはあんたたちの力を理解してるから最初からそんなつもりはないわよ。問題があるとしたら……」


全員の視線がこちらに向けられる。


「クロニムル家の次期当主がどの程度できるかってだけよ」


「大丈夫だよ。あの子は僕よりも全然強いし、手加減する必要はないよ」


「ジークさん、確か来年でしたよね? アルスさんが軍を辞めて学校に通うのは」


少年はそう聞く。


「契約ではそうなっている。だから僕もやっと次期当主代理という重荷から解放されるよ」


そう言い僕は腕を上に向け体を伸ばした。僕はアルスの代わりとして他の三家と親交を深め、情報の交換なども昔から行っていたのだ。


「軍にいる間はこの特級異能者会議には参加できなかったけど来年からはアルスがここに来るからね。その時はよろしく頼むよ」


「任せてください、ジークさん」


少年は自信満々に答えた。この場所は特級異能者の家系の中で次期当主としてふさわしい人間が来るべき場所だ。ゆえに僕と彼らじゃ力の差が大きく、最初はいじめられるのではないか?と思っていた時期もあった。


しかしそんなことは全くなく、むしろこちらを尊敬していた。気になって昔に理由を聞いてみたら「僕たちよりも魔法の知識がたくさんあるじゃないですか」と答えた。僕は幼少期からずっと勉強が得意だった。


確かに僕は魔法も異能も優秀と呼ばれているぐらいの実力もある。しかしミレイユやアルスとは才能の差があり、当然目の前にいる子たちにも勝てるわけがない。だからこそ僕は魔法学に力を注ぎ、その結果、現在は学園の名誉教授として現在働くことができているのだ。


「……ジークさん、アルスについて聞いてもいいですか?」


「なんだい?」


「僕たちと彼、本気で戦ったらどっちが勝つと思いますか?」


この特級異能者会議ではアルスが悪神竜を単独したという話はすでに既知のことだ。だがそれを彼らは見たわけではない。話として聞いたことがあるだけだ。


「そうだねぇ……贔屓目なしでもアルスが間違いなく勝つと思うよ」


「それってあたしが負けるっ……!」


何かを言い終える前に少年が彼女を制した。


「いや、それが聞けたなら安心です。二つ目の要件はアルスさんが僕たちと同等以上の力を持っているか再確認することだったので」


「別に君たちが弱いと言ってるわけではないんだよ。ただ……」


ジークはアルスの本気を見たときのことを思い出す。


「あの子は力の底が見えない。あれだけの強さがあるにも関わらずまだ未知の力を秘めていると思うんだ」


それを聞くと少年は納得したかのように頷いた。


「ジークさんがそこまで言うならそうなんでしょうね。だからこそ僕は楽しみなんですよ」


そう言い少年は笑みを浮かべる。普通の人から見ればとても美しい笑顔と見えるが僕には違うように見える。その笑みは悪人が浮かべるようなものと同じだと僕は感じた。


「本当に……来年が楽しみですよ、ねぇアルスさん」


その呟きが月に照らされたこの部屋に響き渡る。


―――

時を少し遡り、アルスとカインの決着前までに戻る


「ふぅ……辺りを調べてみたけど魔物が一体も見当たらないないな」


ケイはアルスの指示通りに周囲の警戒に当たっていたが奇妙なことに全く魔物の姿を確認することができなかったのだ。


ケイが近くで隊員と休憩していると凄まじい爆音がこちらまで響き渡る。


「なにやらすごいことになってそうだね」


「なぁ、ケイさん? 私たちも一度様子を見に行きませんか?」


「そうだね……全く魔物を確認できないんじゃやることがなにもないし……それにアルスさんはともかくもう片方の人は正直そこまで戦えそうではなかったしね」


ケイは一度警戒をやめ、音のなる方向へと足を進めた。


「おや? 誰か来たみたいだね?」


ケイたち木々の間を縫うように走り、広い場所に出るとそういった声が前方から聞こえて来る。


「あなたは……アダム!」


目の前にいるのこの少年は、軍から国際テロ組織に身を落とした元軍人だ。この男のことは隊長クラスだけが知りうる情報のため他の隊員は知らない。


「あー、君だれ?」


「お前のこと知ってるっぽいのになんで分からないんだよ」


スーツが妙に合うスキンヘッドのサングラス男はアダムと話している。


(ケイさん! この人は一体なんですか!?)


(……話は後だ。今はこの場から逃げることを考えるんだ!)


小声で指示を出すとその場から離れようとする。しかし


「どういうことだ!?」


身を引き返し、すぐさまこの男たちから距離を取ったがいつの間にか自分たちがアダムと遭遇した位置まで戻されていた。


「逃すわけにはいかないよな?」


(あの男の魔法かっ!?)


「馬鹿アダム、こいつらどうする?」


「んー別にほっといてもいいけど……」


そう聞こえた瞬間、ケイたちは少しだけ安堵した。


「僕たちがここに居たと報告されたらちょっと面倒だし殺そっか!」


「ま、そうなるだろうな」


二人から魔力の流れを感じた。


(やるしかないかっ!)


「総員! 戦闘態勢!」


ケイたちもすぐさまCAWに魔力を流し始める。すると一陣の風が吹き抜けた。それと同時に何かが爆発するような音が耳に届く。


「流石に弱くね?」


後ろを振り返るとそこには手袋を血に濡らした少年と頭だけがない隊員たちが立っていた。そして首から大量の血を噴出させ地面へと倒れる。


「お、おまえっ!」


隊員たちを殺されたことによる怒りが僕の感情を支配してそれが魔法の発動をさらに加速させた。


大地の鉄槌ギガントロック!」


自らの茶色の魔力を使用し、アダムの今いる場所から大地の刃が出現する。しかしそれがアダムに当たることはなくサングラス男の場所まで移動していた。


「油断しすぎだぞ」


「別にいらなかったし」


(なんなんだ一体!? 僕は何を相手にしているんだ!?)



「さーて残りは君だけかな?」


アダムはゆっくりとこちらへと近づいてくる。だが手も足も出ないということから震えが止まらなかった。何をしても死から免れるとは思えなかったのだ。


「いいねぇその表情。興奮するじゃないか」


少年は拳を振り上げると一言呟く。


「じゃあね」


その言葉の後に何かが潰れる音がこの森に響いた。


「えっ……」


音の正体はアダムの手が杖によって潰されていた音だった。そしてそのまま地面へと倒れ伏す。


「アダム!」



再度、一瞬でアダムをこちらまで戻した男はアダムの手を叩き潰した男を睨む。


(クソッ! あのジジイ、手に触れた瞬間何かしやがったな!)


「ふむ、どうやら少し遅かったですね」


(この人って……まさか剣聖!?)


剣聖について知らない人間は軍にはいない。そして僕の知っている情報と今ここにいる老人の姿が一致していたのだ。


(これはまずいな)


サングラス男が一撃もらってから意識を保っていないアダムを抱えていると剣聖は口を開く。


「そこの軍人の方、今すぐここから離れなさい。空間の魔法もすでに斬りましたし今なら撤退することができますよ」


「っ! あとはお願いしますっ……」


本当なら僕が仇を討ちたい、だけど僕には力がない。だからこそ今やるべきことは生きて帰り、一つでも多くアダムたちの情報を持ち帰り軍に報告する。それだけだ。


僕はすぐさま森を引き返し本部へと足を進める。


「さてとあなたたち覚悟はいいですか?」


逃げた軍人の足音が聞こえなくなったあたりで老人は杖を抜いた。


(仕込み杖かよ!)


俺は軽く笑う。


「悪いがあんたとやり合うつもりはないよ」


「逃すと思いますか?」


俺はすぐさま空間転移を発動させアダムと共にこの場所から姿を消す。ビルの屋上へと転移するとあることに気づく。


「まじかよっ」


俺の右肩を深く斬ったような跡がありそこから血が流れていた。


(俺の空間転移についてこれるのか……。やっぱり剣聖は化け物だな……)


「とはいえ面白いものも見られたし満足かな」


俺はアダムを連れてそのままアジトへと撤退した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る