第36話 エピローグ

アルスと僕の戦いが決着してから三日後に僕はベットの上で目覚めた。


「なんで……俺はここに……」


「それは帝国の方が助けてくれたからですよ」


そう答えたのは桃色の髪に猫のような耳を生やしている少女、獣人ワービーストのシェラだ。シェラは僕が目覚めてから色々と話してくれた。その中でも大きかったのは義賊がアーカルム帝国の特殊部隊として傘下に入ったことだ。


「どうして勝手にそんなことを?」


彼女は副リーダーとはいえこれは義賊の存続に関わるようなことだ。それを相談無しで行うのはあまりにも勝手すぎる。


「自分の尻拭いをするためです」


「……尻拭いって?」


「アルテマ国軍の長官を裁こうというのは私が言い出したことです。軍に所属している人間が税金を私物化しているなど考えられないと言い実行しました」


ここで一旦言葉を切りシェラは顔を下へと向けた。


「ですがそれが間違いでした。よく考えたらわかることです。軍の中でも権力のある者に手を出して何もしないわけがない、と。そのことを私が見落としていたんです……!」


その声は震えている。


「そうなれば私たちに勝ち目はない。だから四カ国の中でも私たちを受け入れてくれそうな国を探しその傘下に入ることにしたんです……」


「そうだったのか……だけど帝国は僕たちのことをアルテマ国に突き出せばよかったんじゃないのかな」


なぜそうしなかったのか疑問が出てくる。するとシェラは顔を上げ言った。


「帝国は元首さえ了承すればそれがまかり通る国です。普通なら他国の元首から国としてどうと咎められるはずですがあの国の力は他国とは戦力の桁が違う、だから元首にさえ気に入られたら国家に狙われた私たちにも活路が見えてくると判断したのです」


「……何をしたんだい?」


確かにそれならまだ活路はある。だがそれは元首のお気に入りになるのが前提条件だ。ただで済むとは思えない。


「私たちの活動とその理念、そしてカイン、貴方の今までの活動を報告した上で後ろ盾となってほしいと頭を地につけ頼み込みました」


「なっ……!」


この世界ではどの種族も平等であると盟約で保障されているのだ。ゆえに他種族に向けて頭を地につけるという行為は本来あり得ない。それは自らのプライドを捨てるのと同じだ。そして自分はあなたよりも下の種族です、と言っているようなものでもある。従属を示すのとほぼ同義だ


「プライドを捨てるだけで私たちが助かるのであれば安いものですよ」


口ではそう言っているがシェラの手には力が入っているのが見える。


(当然だ、悔しくないわけがない……)


「私はあなたに助けてもらってからはこの恩をどうやって返すかずっと考えていました」


シェラは他種族で構成された犯罪グループによって全種族で禁止されているはずの奴隷売買によって売られようとしていたのだ。そこをまだ義賊としてではなく個人として悪人を裁いていた僕が助け出すことになった。


彼女らは特に行く場所もなかったので、ある程度財力があった僕が面倒を見ることになり、そして今の義賊が出来上がった。あとから僕たちの正義に共感した人たちが入ってきてメンバーが増えていった。


「だけどそれがやっと分かったような気がするんです。それはあなたの力になることです」


その目からはこちらに対して熱い信頼を感じる。だけど僕は彼女たちから信頼を得たくて助け出したわけではない。


「シェラ、君たちには幸せになってほしいんだ。僕のやっていることに付き合う理由もないんだよ。もしかしたら命を落とすこともあるかもしれない」


これを機に義賊をやめて普通の生活に戻ってほしいと思っている。


「確かにそうですね……。でもカインは言いましたよね? 幸せになってほしいと」


シェラはこちらへと顔を向けると真っ直ぐ見つめてくる。


「私の幸せはカインと共に生きていくこと。それを支える存在になるのが私の生きる理由です。ですから」


ベッドから動けない僕の唇に自身の唇を触れさせたあとゆっくりと顔を離し告げる。


「今がとっても幸せなんです。カインずっとあなたの横に居させてください」


「えっ、あっ、その……」


こういった経験が無いためカインは焦ってしまう。するとドアが開き一人の老人が入ってくる。


(剣聖かっ!)


「おや目覚ましたか」


「シヴァさんこの度は私たちのリーダーを助けていただいてありがとうございます!」


焦ったようにして姿勢を正し、シェラは頭を深く下げた。


「気にすることないですよ。あなたたちも同じ元首の元で働くことになる同僚なんですから」


それを聞いて僕は口を開く


「……どういうことですか? 国からの命令はないと聞いたんですが」


「基本的にはありませんがどうしても必要となった場合、情報を収集する力がずば抜けているあなたたちにも協力してもらうというのも条件の一つなんですよ」


続けてシヴァは話す。


「こちらには伝えそびれた条件を言いにきました。カインさん、あなたにはこれまで通りアルテマ国の学校に通ってもらいます」


「なっ、どういうことですか!?」


義賊の活動に後ろ盾がついただけなので普段通り学校に通うということは変わらないはずだ。しかしそれは帝国の学校に転校するものだと思っていた僕は驚いた。


「怪しまれないためですよ。あなたの正体を知っているのはアルテマ国ではアルスさんだけですし大丈夫だと思いますよ。だからあなたを帝国ではなくアルテマ国の病院に運ばせたんです」


シヴァはシェラへと視線を向けると口を開く。


「あなたたちはこれからも普段と変わらないよう表の顔を崩さないようにし裏の顔である義賊として活動する、といった内容でしたね?」


「はい。その通りです」


「カインさん、あなたの学校に通い始める日はこちらの方で決めます。いいですね?」


「……わかりました」


「伝えることは伝え終わったので仕事に戻りますね」と告げるとシヴァはドアから姿を消していった。


「なんか色々と大変そうになりそうですね……」


シェラは独り言のように呟く。そしてシヴァが来る前にシェラの言ったことを思い出しシェラの名前を呼ぶ。


(僕も男だっ! ここだ意地を見せるんだ!)


「シェラ、さっきの話の続きなんだけど……こちらからもよろしくお願いするよ。僕の側で支えてくれ」


そう言い終えるとシェラの頬に涙が伝った。


「あ……れ、すみません……嬉しいはずなのにっ……」


僕は手を伸ばし涙を拭い去る。


「今回のことでわかったよ。僕は君が助けを呼んでいなかったら間違いなくアルスに殺されていた。君のその知恵が必要なんだよ」


(よしっ! 言い切ったぞ!)


男を見せることができたと思った僕はシェラの方を見るとその表情は先ほどよりも曇っているように見える。


「カインさんって根性があるのかないのかよくわからない人ですね」


そういうとシェラは軽く笑ったのだった。


―――


そしてシヴァから学校に通う日付が伝えられ、ついにその日がやってきた。どうやら僕が目覚めてから三週間後の日になったらしい。


朝早く病院から出ると一度寮へと戻り制服に着替え、校舎へと向かった。多数の生徒がこちらに挨拶をしそれを返す。クラスメイトと会うとなぜ学校を休んでいたのかと聞かれることはなく体の心配をする人ばかりだった。


シヴァ曰く大怪我をして入院したことになっているらしい。


玄関が見えてくると見覚えのある一人の男が立っている。


「ごめん! さっき行ってて!」


そう告げると一緒に登校していた生徒は先に中へと入っていった。


「よう、久しぶりだなカイン」


「君こそ無事みたいだねアルス」


それだけ告げると僕も下駄箱へと向かい足を進める。そしてすれ違いざまに言った。


「「これからもよろしくね(な)」」


アルスとは分かり合える気はしないがこの時だけはなぜか全く同じようなことを同時に言えたのだった。

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