第29話 義賊の正義
古びた教会に入ると二人の人物が目に入った。一人は仮面を被りもう一人は緑の髪を長く伸ばし、長い耳をしたエルフの女性だ。
「あんたが義賊のリーダーか?」
俺がそう聞くと少し驚きながら仮面の男は言う。
「そうだよ」
「ほかのやつは逃げられたみたいだな」
「二日ぐらい前から他国へと逃したんだ。僕達がここにいるのはやつらが信頼できるかどうか確かめるためだ」
男は俺ら二人をじっくりと観察し口を開く。
「やっぱりバレてたみたいだな。隠蔽工作は完璧だったはずなのになぁ」
少し残念そうな声でその男は話す。
「こっちには反則級の能力者がいるからな」
もちろんそれは《プロビデンスの目》のことであるがそのことは伏せておく。何かしら情報を引き出す際に使えるかも知れないからだ。
「ま、いいや。ユナ……君は女の方を頼む」
「分かりました。リーダー」
そう言うとユナと呼ばれた女性は数歩、横へと動く。それに合わせカグヤも刀を抜き魔力を流し始める。
「僕たちはちょっと森の方へと散歩しに行かないか?」
「名案だな」
男は宙に浮くとそのまま窓から飛び出して行く。俺はそれを後から追いかけるが動く前にカグヤに一つだけ伝えた。
「油断はするなよ」
それだけ伝え窓を出る。しばらく後を追うように木々の間を走っていると男が立ち止まる。
「ここなら大丈夫だろう」
「随分と離れたもんだな」
「君が本気で戦えるようにしてあげたんだよ? 神殺しのアルスさん?」
神殺しというのは悪神竜を倒したことで俺につけられた二つ名らしい。知ったのはつい最近だ。
「それにしてもあんだけビルが並んでるのにわざわざボロい教会を選ぶなんていい趣味してるな」
「義賊の拠点にふさわしいと思ってね」
この近くには複雑な建物があるからもし俺が拠点を選ぶならそこを選ぶだろう。奇襲をかけられた時に対応できない教会を選ぶ理由がどこにもない。
「もしかしてあんたらのふざけた正義とかいうやつのためか」
「そういうことだね」
「何でこんなご時世に義賊なんてもんやってんだ?」
「それは君たちにはわからないよ」
男はそう言うと刀を出現させる。大きさから見て通常の刀よりは一回り大きい。しかし神器のようには見えない。
「収納魔法か」
「正解だよ」
収納魔法は空間魔法の中でも難易度が高い魔法の一つだ。それを魔法式なしでやってのけたこの男は相当腕が立つと予想できる。
俺は黒の軍服の懐から二つCAWを取り出し魔力を流す。
「では始めようか、互いの正義のために」
その言葉を合図にして俺は白のCAWを自分のこめかみへと当て黒のCAWを男に向けた。
「……何の真似だい?」
俺の構えを見て男は躊躇い警戒している。
「お前を倒すために構えただけだ」
そして引き金を引き、こめかみに魔法を撃ち込んだ。
「灰属性魔法
すると強烈な痛みが俺の脳を襲い黒のCAWが光る。
(アルスさんが何をしたいかいまいちわからないな)
男がそう考えていると唐突に脳に凄まじい激痛が走り意識を手放しそうになる。
「っと……危なかったよ……」
男は倒れそうになったがなんとか耐え切った。
「あらかじめ色々な強化魔法を自分にかけてたのが功を奏したかな」
(さっき発動したのは物理ダメージの緩和の魔法だ。一体どういうことだ? そういった魔法を発動させた素振りはなかったはずだ)
そして男はアルスが最初に行った行動を思い出す。
(まさかっ……!)
「気づいたみたいだな。さっきの魔法は俺が感じた痛覚を相手に共有させる魔法だ」
「なるほどね……だからあの魔法が発動しその痛覚を抑えたってことか」
男が使用した物理ダメージの緩和というのは言い換えれば自分の感じた痛覚を軽くさせる魔法だ。決して魔法から身を守ったりするようなものではない。それとは別に専用の魔法を起動しているからだ
「この魔法は感じた痛覚を何倍にも増幅させ相手に伝えることで脳がそれに耐えきれずシャットダウンするって魔法のはずなんだがな」
白のCAWは激痛を与えるとともに痛覚をダウンロードする補助役だ。実際にそれを撃ち出すのは黒のCAWであり通信魔法の応用で飛ばしあらゆる魔法障壁を貫通する。
自分が撃ち込んだ場所の痛みを伝えるため、シャットダウンさせるには頭に打ち込む必要がある。ゆえにほとんどの魔法師はその恐怖に耐えきれず使用することができない。
まれに恐怖に撃ち勝つことができる者もいるが与える痛覚のレベルを下げなければ魔法の続行を続けられることができない。
今では痛覚に耐えられる強靭な精神力と素早く魔法式を組み上げられることができるアルス専用の魔法になっている。
(これで倒れないならっ!)
アルスは魔力の色を一瞬で変え、再び引き金を引く。
「雷帝!」
大気の震えとともにその光が舞い降りいくつもの光の筋が男を襲った
「
綺麗に輝くそれは稲妻を遮り魔法の威力を打ち消す。
(あれはっ……魔物が使える魔法だ。なぜそれを使える?)
「貴様……人間ではないな?」
「いや人間だよ」
そう言い茶色の魔力を纏わせる。それは人間にしか流れていない特有の魔力のため男の言ってることは事実だ。
「
男は刀に魔力を通し
(光属性かっ! だが少し何かが違う……!)
解析不可能だと判断した俺は白のCAWに魔力を通し引き金を引く。
「
放たれた魔法は周囲の魔力を消去し魔法をかき消す魔法だ。対抗魔法の最上級魔法の一つでもある。
完璧に魔法をかき消すと何かがこちらへと迫ってくるのが見える。
(魔法は囮か……!)
凄まじい速さとともに刀を持った男がアルスへと斬りかかっていた。
あの規模の魔法を囮に使うとは予想できなかった。そもそもあれだけの範囲魔法であれば自らもその魔法の餌食になる。ゆえに近接攻撃はないと判断し、俺は魔法による攻撃にしか警戒していなかった。
「もらった!」
当たることを確信していたその刃はアルスには届かずギリギリ避けられていた。
(絶技・瞬!)
アルスが使った技は体の全ての力を爆発させ、一瞬だけ自らの動きを高速化させる技だ。そして《絶技・絶》と同じく武を極めた者にしか使うことはできない。だが今のアルスが使うにはまだ足りなかった。
(クッ……体力の消耗が激しいなっ……)
だがその隙を見逃さずに男は刀を切り返す。アルスは咄嗟に片方のCAWで受け止めるがその威力に腕は弾かれてしまう。しかしもう片方のCAWの引き金を引き、魔力を変質させると魔法を発動させる。
「
燃え盛る灼熱が男を襲うが魔法陣のようなものが出現し炎から男を守った。その間にアルスは地面を蹴り男から距離を取る。
「それはエルフ専用の魔法か。だとしたらお前は異能で他種族の魔法を行使できるのか」
「ここまできたらもう誤魔化せないね。特別に教えてあげる。僕の異能は全種族の魔法を行使できるんだよ」
(全種族だとっ……! そんなの可能なのか!)
「神の子なんて言われてたよ。でもね、この異能のせいで僕は全てを奪われたんだ」
男は悲しそうに言う。
「僕を欲しがった貴族連中どもが何度も家に来ては養子にしようとしてきた。だけど両親は僕のことを愛してくれていたから来るたびに断っていた」
男の握る刀からアルスは怒りを感じ取る。
「そしたらある日突然、両親が事故で亡くなったと知らされた。最初は普通に悲しんだよ。だけどね聞いてしまったんだ」
穏やかだった声が変わる。
「
(エグいやり方をするもんだな)
「しかもその理由が政治の道具として最大限に利用するためにだ。たったそれだけのことで僕から全てを奪ったあいつらを僕は絶対に許さない……」
そして怒りがこちらへと向けられる
「だけどその男が捕まることはなかったみたいだね? 騎士団も軍も動いてくれなかった。いや動くことが出来なかった。権力で証拠は隠蔽され事件はもみ消された。そんなやつが未だにのうのうと生きているのが許せない! だから!」
「俺たちの代わりにその悪人を殺したってか?」
「その通りだ。これでわかっただろう? この世界には法で裁くことが難しいやつがいる。お前たちが動かないのであれば僕たち義賊が何としなくちゃいけない」
「だが殺す必要はあったのか?」
「奴らは捕まったとしても裏で多額の金を払い数年もしないうちに出てくる。たとえ殺したとしても死刑になることは絶対にない。そんな奴らが野にもう一度放たれるぐらいなら殺したほうが世界のためにもなる」
「それがお前の正義ってやつか」
「そうだ! 僕たちの正義は正しい! お前たちのとは違ってな!」
「今の世界がよっぽど不服か?」
「その通りだ! だからこそ変えてやるんだ! まずはこの国を!」
「そうか。でもお前がやっているのは独裁者と同じだ。お前のさじ加減で人の生死が決まる、そんな世界誰が望むんだ?」
「力のある君には分からないよ……この国は法によって弱者を守っているというが実際には弱者は強者に淘汰されているじゃないか!」
男は首を横に振り言う
「……何度話し合ってもどうやら君とわかり合うことは絶対にできないみたいだね」
「どうやらそうみたいだな。出来るだけ平等に暮らせるようにするためにも法は必要だ」
すると教会の方角から爆音が鳴り響き、こちらまでその衝撃が伝わるのを感じた。
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