第16話 ヴェインとの激突 後編
俺は朦朧とする意識の中、歩みを進めていた。肉体は魔力に変換しているが肉体的ダメージによる脳への影響が大きく、怪我はないが全身から未だに悲鳴をあげているように感じた。
(蹴りを喰らったときの感覚も、木で吹き飛ばされたときの感覚も全部本物だった……)
人は思いこみを利用することで殺すことさえもできるといわれている。紅蓮たちが受けた肉体的ダメージはその思い込みと全く一緒のものだ。
(実際には斬られていないが、俺らが受けた痛みがそれを怪我として認識してしまってるのか……)
しばらく歩くと上級生が集まっているの見えた。こちらに気づいた上級生から話しかけてきた。
「あれ? 君って私たちで運んだ子じゃない? もう歩けるの?」
「なんとか、歩けてます。今もテストが行われてるんですか?」
「そうよ。結構時間かかってるぽいけど何かあったのかしら?」
上級生は端末をちらちらと確認していた。紅蓮は入室の許可を求めるために上級生へと話しかけた。
「よかった……。すみませんそこを通してくれませんか?」
すると上級生はさも当たり前かのように言い放った。
「え? 駄目よ? 合図があるまではだれも通すなって指示だもん。」
「なんでなんですか!」
「だってそれが指示だもん。上官の指示に従うのは当然のことでしょ? それに先生怒らせたら結構怖いよ?」
その上級生をその申し入れを拒否した。しかし
「お願いします……! そこをどいてください。」
紅蓮は静かにそう言い放った。
「しつこいわね……!」
全く退く気配がなかったので無理やり保健室にでも戻してやろうかと思い、再度紅蓮と目を合わせるとその瞳から何か得体の知らないものを感じ取った。
「……いいわ。ただしここからはシステム上入れないから二階の見学席へと直接向かいなさい。できるだけばれないようにね」
その言葉を聞いていた他の上級生が黙っていなかった。
「委員長!? それは駄目ですよ! 大変なことになりますよ!」
「責任は私が持つから。ほら、さっさと行きなさい。」
上級生は端末を操作して、見学席に入るためのロックを解除した。それを見た紅蓮は上級生がスタンバイしている扉の前の横にある階段から上へと姿を消した。
「委員長がそんなことするなんて珍しいですね。どうして許可したんですか?」
「……そうね。あの子の目が印象的だったのよ。」
「あの目からは何か強い意志と……恨みを感じた。たとえ私たちが止めたとしても無理にでも入ろうとしたんじゃないかしら。だったら上から黙って通そうってことよ!」
扉を開け紅蓮は見学席へと入り、戦いが見える場所まで移動した。しかしそこには考えられないものが目に映った。
「一体っ……何が起きてるんだ!?」
紅蓮が目にしたのは姿が変わった教師とある生徒が激しくぶつかり合っているものだった。
―――
「我は騎士王、騎士たちを導き、戦場の先頭に立つ者である!」
そう叫ぶとヴェインから大量の魔力が迸った。
「詠唱魔法かっ……!」
魔力を込め詠唱するだけで発動可能という便利な魔法だが詠唱が長かったり、発動が遅かったりするのでCWAがある今使用する者は少ない。
(あんな短い詠唱で何ができるっ!)
「今こそ好機である!!!」
その言葉を言い終えるとヴェインの持つ大剣と鎧が光り輝いた。
「この力を使うのも久しぶりだな!」
(魔力そのものが強化されたかっ!?)
「行くぞ!」
ヴェインは地面を蹴り、アルスへと迫った。その速さは先ほどまでのものとは違い、とてつもないものだった。
「剣技・セイントハザード!」
魔力が込められた剣が振り下ろされる。その勢いや魔力は凄まじいものだった。
(クッ……!)
襲い来る大剣はアルスの肩を掠りはしたが致命傷には至らない。
(甘いぞ!)
ヴェインはそのまま返しの一撃を光の速さで横へと振り払ったが、大剣がアルスを斬ることはなかった。
「てめぇ……一体どんな手品を使いやがった!」
アルスがいたはずの場所に姿はなく、いつの間にか後方へと回避している。
(これは誤魔化せないな)
アルスは白状したかのように話し始めた。
「そうだな。簡単にいうなら時間の加速?ってところだ。だから本来なら避けられなかった攻撃も避けることができる」
「なるほどな! だとしたら対策の打ちようはある!」
再び魔力を爆発させ、アルスへと肉薄する。
「セイントハザード!」
(威力はすごいが単純だな)
ヴェインは再びアルスへと技は繰り出したが今度はそれを難なく避けられた。だが攻撃はそれだけでは終わらない。
「聖光波!」
ヴェインの空いていた手から光の魔力が放出される。するとその魔力は前に一度使ったものとは違い、地面からとてつもなく大きな津波が発生させる。
(避けられるんなら避けることができない攻撃をすりりゃいい。セイントバザードで体勢を崩して防御させる暇を与えず叩く!)
光の大波が全てを飲み込もうとアルスに襲いかかる。たまらず、アルスは足元を魔力で爆発させることで瞬時に後方へと下がり、CAWに魔力を流し始める。
(属性変換完了。魔法式構築開始)
今まで使っていた魔法の土台となる術式を残し、全て消去する。そして再び別の術式を完成させる。
「炎属性魔法
灼熱の炎球が眼前に迫る大波を貫き、そのままヴェインへと放たれた。さらにその炎球の余波は大波の魔力を全てかき消す。
「っ……! 精霊の加護よ!」
加護によって襲いくる灼熱の炎から身を守ろうとしたが、無傷では済まなかった。
(なんて威力なんだ……!)
炎に飲み込まれたヴェインがもう一度姿を見せた時には所々鎧が剥がれていた。
(やはりこのCAWじゃ変質させた魔力を使うには向いてないか。本来の効果を引き出せていないか)
「補助デバイスを威力特化にしていたのが功を奏したな」
魔法を受け傷だらけの姿になったヴェインを見てそう考えた。そしてもう一度アルスは魔力を流し始める。
(あの光の波には少しひやっとさせられたがなんとかなったな)
流石にあれだけ規模の大きい範囲攻撃となると防御をせざるを得なくなる。威力も具体的に分析する時間もなかったため同じく威力の大きい魔法をぶつけたのだ。
「さて、ネタバラシといこう。あんたの異能は特殊な魔力に加え様々な加護や特殊な能力が使えるってところか」
「ほとんど当たりだ……よく分かったな?」
「さっきから見てたからな。異常な速度の魔法、これは魔法ではなく一種の能力だと考えた。特殊な魔力に関してはあんたが白属性の魔力じゃないから簡単だ。加護についてはさっき使ったのを見てたからな。」
加護というのは別の存在からさまざまな恩恵をうけることができる能力だ。
一通りネタバラシを終えたアルスはCAWの引き金に手を置き魔法の発動準備に入る。
「今の結果から最上級魔法ならダメージを与えられることは明白だな。分析は済んだから次はこっちも全力でやらせてもらう」
そう言い終えると同時に引き金を引くと辺り一面を氷が支配した。
「
(炎の魔法を撃った直後に氷属性だと!? 一瞬で魔力を変質させたのか!)
霧が周囲に満ち、ヴェインは周囲の氷の魔力を上書きしようとしたがそれは叶わなかった。
(くそっ! これがやばそうなのはわかる! なのにびくともしねぇ! これも最上級魔法か!)
これでもかと鎧と大剣に魔力を込め、自身の強化を行った。すると脇腹に拳がめり込む。しかし鎧を着ていたため致命傷には至らなかったが鎧は木っ端微塵へとなった。
「そこか!」
打撃をもらった位置から予測し大剣を振るったが、霧を払うことしかできなかった。
(鎧が一撃で壊されるなんてな……! まさか最上級の振動系魔法を直接叩き込まれたのか!? じゃなきゃこんなのありえねぇ!)
再び、アルスの拳がヴェインの脇腹を抉った。
「ぐはっ……!」
今度はしっかりとヒットし、振動系魔法が彼を襲った。
「まだ倒れるものかっ!」
するとヴェインからとてつもない光が立ち昇り、辺りにあるものを全て無へとかえした。
(
「うぉぉぉぉ!」
大剣をそのままアルスへと叩き込んだ。
(回避は難しそうだな!)
そう判断した俺はCAWを腰のホルダーにしまい、手足に魔力を流しヴェインを迎え撃った。
「はぁっ!」
「おおおおお!」
何度も互いの拳と剣を激しくぶつけ合い、その余波は模擬試合場の中を大きく揺らすことになった。しかし先に速度が落ちたのはアルスだった。手から強烈な痛みが伝わり、次第に動きを鈍らせていく。
(CWAと直接殴り合うのは流石にきついな)
アルスは隙を見て、ヴェインの大剣を下から突き上げ弾いた。そこからさらに踏み込み、裏拳を叩き込んでから、地面を力強く蹴り後方へと下がった。
「に、にがすかっ……!」
アルスは追おうとするが体が上手く動かなかった。
(一旦、騎士王の加護で傷を癒すしかないか……!)
暖かい光がヴェインを包み込み、さっきまで感じていた痛みが少し和らいだ。
(やはりな……)
後方へと飛んだアルスはたった一回でこの
(無理やり離脱できる状況を作り、距離を取るのが目的だった。あれを受けてもまだ追撃するような体力があるなら何度か繰り返す必要があったが)
アルスは一度呼吸を整えると口を開いた。
「これで終わりだ」
俺は目を瞑り、周りの気配に集中し、自分の気配を抑えた。そして魔力、心音、殺気などを少しずつ小さくそして薄くできるよう集中した。
(周りに溶け込むんだ……邪念を払え。そして無になるんだ)
「秘奥の二 蜃気楼」
「っ……どこいったあいつ!」
突如として姿を消したアルスにヴェインは不安を抱いていた。
(この状況でまた何か仕掛けられたらもう対処できねぇ。ダメージは大きいし、もう異能をまともに使うこともできない。だが、それはあいつも同じだ! 何か仕掛けてきたら、それを正面から叩き潰しとどめを刺す!)
全神経を集中させ、その時を待った。
―――
(一体何が起きてるんだ! それにあの生徒
アルスが使った
(学生でそれを使える奴がいるのか!? 何でそいつが主席じゃないんだ?)
紅蓮は当然の疑問を浮かべたが今はこの試合を見届けることに集中した。
(なんとなくだがわかる。次で決まる。)
―――
俺は意識をギリギリまで落とし、ヴェインへと一歩、また一歩と踏み出した。そして
(異能・
俺はガラ空きになった場所へとゆっくりと移動し拳を叩き込んだ。
「っ……」
ヴェインは声を上げることもなく倒れた。そして試合の終了ブザーが鳴り響いた。
「俺の勝ちだ」
アルスはゆっくりと座り込んだ。
―――
紅蓮は試合を見届けたあと、ゆっくりと扉から見学席を出た。そしてスクリーンに映った表示を思い出す。
(アルス・クロニムルか)
生徒の名前をはっきりと覚え、生活エリアの寮へと足を向けた。
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