入学式編

第5話 プロローグ

その場所は元々山だった場所だ。本来なら緑の木々といったような自然に溢れている場所だ。だが、今のその木々は灰になっており、景色の一部から消滅している。


そして赤く染まったその上空には一人の少年と一匹の巨大な黒竜が佇んでいる。


「よもやこの我が人間ごときに遅れを取るとはな……」


黒竜の体には至るところに傷があり、出血はしていないものの苦しそうには見える。


黒竜の言葉を返すように白髪と赤い瞳をした少年は口を開く。


「俺ら下等生物を舐めすぎだ。神様さんよ」


この黒竜は他の魔物を支配し、全種族に対して攻撃を仕掛けているのだが九年前から続けていた準備のおかげでなんとか持ち堪えている。


しかしこの竜が死なない以上、それはあまり意味をなさない。しばらくすると倒された魔物を贄に新しい魔物が出現するからだ。だからこそ、この俺がこいつの討伐に出向いた。


「ふはは! 実に愉快だ!」


竜は傷だらけになった爪を少年に向けると告げる。


「まさか我と同じ力を持つ者がこの世に存在しているとは思わなかった! だがお前のその力は二度は使えんだろ?」


大きな翼をはためかせると黒竜は宣言する。


「今は貴様に滅ぼされてやろう。だが、我は貴様の生きている間に再び復活することを約束しようではないか」


「二度とこの世界に姿を見せるな」


「ふはは、我は我に対する恐怖と供物が残っているのなら何度でも蘇ることができる。次こそは我が貴様を殺し、この世界を滅ぼしてやろう」


黒竜がそう話すと少年からとてつもない量の魔力が立ち上り、少年の持つ剣に集中する。


「復活なんかさせねぇし、今度も俺が勝つさ」


少年から放たれた巨大な魔力は黒竜を飲み込み、爆発した。


そしてこの日からファフ大陸の山の一つが地図から消え、底の見えない巨大な穴が出現した。



――あれから2年の月日が流れた。


俺は今年で16歳になり、約束の長期休暇として学校に通う日がやってきた。俺が今いるアルテマ国は西は海に面しており、北と東にはそれぞれ違う国と面している。南側には統治ができずに放置された領土があり、そこには巨悪な魔物が跋扈しているため、軍の最前線基地がここに一つ置かれている。


そして本部は首都の東側に置かれている。その中を俺は軍服姿で歩いていた。エレベーターに乗り込み、そして6階にある総司令室へと向かった。


二度ほどノックをし、入室の許可を求めた。


「アルス・クロニムルです。呼び出しを受けて参りました。」


「入れ」


俺が扉を開いて入ると、そこは無駄に広い部屋となってた。総帥の机だけがポツンとあるだけの質素な部屋だった。その机の上にはさまざまな書類や最新技術を詰め合わせただろうパソコンが置いてあった。


そしてその背後には壁というものはなく全てガラスで作られておりここからある程度街を見渡せるいうなんとも羨ましい光景が広がっていた。


(先ほどまで書類仕事をしていたのか? 少し悪いタイミングで来てしまったか)


髪の色は灰色だが、老けてそうなったわけでもなさそうで、特徴的なのは左目の傷痕だろう。いかにも歴戦の猛者という雰囲気を漂わせている。この男が総帥のジェイルだ。


「2年ぶりに見たが、ずいぶん立派に成長しおって。色目を使いまくるようなふしだらな男にはなっておらんだろうな?」


「そんな人になるつもりはありませんよ」


ジェイルは咳払いをし、意を決したかのように話し出した。


「さてお前を呼んだのはやつとの約束を果たすためだ」


「ええ、わかっていますよ」


「契約通り、アルス・クロニムルは本日をもって3年の長期休暇とする、今のうちに体を休めておけ」


俺はその言葉を聞いて、敬礼して去ろうとしたときだ。ジェイルは続けて話し出した。


「本来ならそう言いたいところなのだが。色々と大変なことになってしまってな。そういうわけにもいかんのだよ」


ジェイルはある書類を俺に見せつけた。


「これは2年前にお前が単独で討伐した悪神竜の資料だ。ファフ大陸から一つの山が消滅したのを覚えているな?」


「ええ、まあ。」


(それをやったのが俺だしな。)


俺は2年前の激闘を思い出していた。


(最後の方はよく覚えてなかったな。もう一つの異能を使ったという記憶はあるんだが)


「実はな、この事件によって、お前を普通の人間扱いするわけにはいかなくなったのだ」


鋭い目でその男はアルスを見つめる。


「お前という存在が他国の元首に露呈した時点で今まで中立だった国のパワーバランスが一気に傾いた。それによって他国からの引き抜きなどの可能性も考えられるようになったのだ」


俺は腕を組み考える。なぜ今ここでそれを話す必要があるのかを。そして一つの結論にたどり着く


「そういうことか。特級魔法師とはいえ俺はただの軍人だからよりよい条件を示して引き抜きにくるということか。軍規上では俺は脱退条件を満たしているから何の問題もない。それに……」


俺は視線ジェイルに合わせそう告げた。


「元首が俺を手放したくないってとこか」


俺がそう言い放つとジェイルは静かに頷いた。


「そこでだ。お前に元首専属魔法師という位を与えたいのだが」


元首専属魔法師というのは軍の所属ではなく、国の元首だけの魔法師になるということだ。それなら軍規で縛られることはなく、元首にしか指揮権はないのでちょっかいをかけることができなくなるという寸法だ。


それに加えて、莫大な給料とともに元首代理として色々と政治に関与することもできてしまうが元首の指示には絶対である。ゆえにこの位を与えるには総帥と元首の推薦がなければ絶対できない。


「お断りします。」


俺は即答した。


「そんなの俺に何のメリットもないじゃないですか」


「だろうな。お前はそんなことには興味を示さない。アロマに関する情報、もしくはアルス自身の記憶に関係する情報ぐらいが交渉材料にしかならないからな。」


ジェイルは俺が転生者であることを知っている数少ない人物の一人だ。そのため俺の今、求めているものも全て教えている。それと同時にこの情報を知っているのはジェイルだけだ。


「だがガフートとの約束も果たせねばならない。お前に学校を通わせる必要がある」


ジェイルは深く悩んだ後決意したかのように口を開いた。


「だから長期休暇を取らせるが軍の要請があればそちらを優先させるということで手を打ってくれないだろうか?頼む」


そう言うとこの男は立ち上がり頭を下げた。


(ここで軍を辞めて学校に行くという選択肢もある。だが俺はこの男を気に入ってるし、この男の頼みなら聞いてやりたい。それに総帥の席を狙っている奴が俺の不在を利用して席から引き摺り下ろそうとする輩も出てくるだろうしな)


「はぁ……わかりました。それで手打ちにします。だから総帥らしくしてください」


「すまないな。やつとの約束の長期休暇ってのはちょっと特殊だからこそ、ここでお前が要請に応じるよう言質をとっておく必要があったのだ」


俺の長期休暇というのは、本来は緊急時であれば軍の要請にすぐに対応しなければならない。しかし俺の場合はそんなことをして学校を何ヶ月も開けた場合のデメリットが大きいのだ。だからこそ3年間はほぼ軍と関係がない状態で過ごせるはずだった。


「だけど、条件があります。一つ目は緊急時の際の出動は私自身で決めること。二つ目は私が静かに過ごせるよう協力してくれること。この二つが絶対条件です。」


するとジェイルは端末で何かの操作を行った。


「客人ですか?」


「ちょっと呼び出しをな。とりあえず了解した。本当に助かる」


「そうなるとお前が急にいなくなったときの後始末やお前の助けとなる人物が必要になってくると思うんだが。」


「そんなの必要ないですよ? わざわざ俺に人員を割かなくても」


「いや、静かに暮らせるようにするのが条件にあったからそれを守ろうとしてるだけだ」


そう言うと意地悪そうな笑みをジェイルはこぼした。


背後から二度ほどノックをする音が聞こえた。


「失礼します」


「おう、入れ」


そう言い入ってきたのはなんとも美しい少女だった。

その少女の髪の毛はとても綺麗な黒色をしており、髪をそのままストレートにしているかと思ったら左右にリボンで髪の毛を結んだような髪型をしており、妖しく光る赤色の目をしていた。


だがそれよりも目立つものがあった。


(あの服は……総帥直属の部隊か)


ほとんど普段着、というよりも何かのお洒落かと勘違いしそうな黒色のオフショルダーを着ており下はスカートだった。軍人には相応しくない服装にみえる。それこそが直属部隊の特徴である。市民に紛わせるためにあえて普段着にしているらしい。


(だが、よく似合っているな。その妖しい雰囲気と合わさって余計軍人には見えない)


スカートを持ち上げ礼儀正しく挨拶をしてくれた。


「お初にお目にかかります。夜姫カグヤと申します。カグヤがファーストネームになります。以後お見知り置きを。」


(夜姫……?どこかで聞いた名だな。それにファーストネームが後に来るってことは別の国の人間か?)


この国で生まれた場合、ファーストネームが最初に来るのが一般的だ。しかし他の国から引っ越してきた人間もいる。そういった人たちの人権を守るためにも名前の変更の要求なども強要されていない。


「忘れても仕方ないか。その娘はお前が4年前の任務で東の国から連れ帰ってきた人物なんだぞ?」


「えっ、そうだったんですか」


(4年前の任務の東の国って言えば……滅びたはずの王族の生き残りを保護したやつか)


「覚えていないことをそのままさらけだすのはちょっと悲しいですわよ?」


「すまない。で、なんで今この娘を連れてきたんだ?」


(嫌な予感がするな。)


するとアルスの予感は見事的中し、恐れていた事態になった。


「なんでって、決まってんだろ? これから同じ屋根の下で暮らすことになるお前のパートナーだ。」


「はぁぁぁぁっ!?」


俺は思わず総帥に対してそう叫んでしまった。

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