第4話 別れ
3日後、ある老人がこの家を訪ねてきた。客間に通されたその老人は杖をついて歩いて、白色の髪をオールバックにしており、目は空いてるのかどうかわからない感じだった。
「おぅ! 師匠久しぶりだな!」
「久しぶりじゃな。まさかお前の方から連絡してくるとは思わなかったよ。」
「ちょっといろいろあってな」
二人が世間話を軽く済ませると、その老人の視線がこちらへ向いた。
「この子がかい?」
「そうだ。あんたに剣、いや体術そのものを教えてやってほしいんだ。」
「ほぉお前がそこまで言うとはな。この子の名は何というのだ?」
「アルス・クロムニルです。以後お見知り置きを。」
(この爺さんが師匠だと? 体が弱そうな爺さんにしか見えない。だが……)
その爺さんからは全く気配などを感じられなかった。それが俺をむしろ不気味に感じさせていた。
爺さんを俺をゆっくりと品定めするような目で見たあと
「そういうことですか……ガフート、ちょっとテストをしたいので訓練場を借りますよ」と告げた。
―――
訓練場に到着してすぐに
「まず最初に、訓練場のシステム設定で体の変換率100%に設定してくれないかい?」
体の変換率、それは本来の肉体と魔力でできた肉体を入れ替えるという技術だ。変換率100%になれば怪我をしようが死のうがすぐに魔力で修復されるというメリットがある。
「あいわかった。だがそんなことして意味があるのか?」
もちろんデメリットもあり、痛みに関しては全て精神的ダメージに変換されるがこの変換率は通常の場合よりも高く設定されていること。
あらゆるものが魔力に変換されるため重量などによる戦場でのリアリティさえも失われてしまう。仮想現実みたいなものだ。それは訓練としては意味をなさなくなる。
だから、本来は体の変換というのは魔法や異能などの実験のときにしか使われない。
「見たところ、最近無茶をして体を壊しただろう?」
そう言い放つと爺さんはこちらに視線を移した。俺の背筋に悪寒が走った。
(この爺さん、あんだけの観察でそこまで分かるのか。)
そんなことを考えていると、設定をし終えたガフートがこちらへ近づいてきた。
「そろそろ始めるか。二人とも準備はいいな?」
「ええ」「はい」
「その前に、アルス今回はあの技の使用を許可する。体がぶっ壊れても魔力ですぐ修復されるだろうしな。」
ガフートが俺にそう言っているのを聞いた爺さんが
「なるほど……あの技というので体を壊したんですね。」
笑いながらこちらを見てくる。何もかも見透かされたみたいで少し不快だった。
「見せてあげますよ」
俺は自分の持っている剣を強く握りしめ、開始を待った。すると、ガフートがコインを高く打ち上げた。
「機械の開始音じゃ、無意識に予備動作に入っちまうからな。これが落ちたらスタートだ。」
そしてコインが地面に落ちたと同時に俺は抜刀の構えをとった。ちらっと見たところ爺さんはその位置から全く動いていなかった。
(集中するんだ…意識を深くさらに奥へ)
ガフートの時よりもスムーズに極限状態に入り、抜くべき時を待った。そして、魔力や血液、気配など全てが一つの力になった。
(今だ……!)
「絶技・絶」
力の高まりが完璧なタイミングで抜刀をし、爺さんに斬りかかった。しかし、爺さんは未だに防御する気配を見せなかった。
(こりゃあ、流石にアルスの勝ちか……?だがあの爺さんが簡単にくたばるとは思えねぇ。)
必殺必中の一刀は眼前の敵を斬った。だが、いつまでたっても予想していたような事態にならなかった。
なぜなら
「なっ…に…」
斬・っ・た・と思っていたが実際にはその爺さんの剣の柄で防がれていたのだった。
「変則ガード!?」
目の前の光景につい、ガフートはつい叫んでしまった。
(俺はあの技を認識できなかったんだぞ!? それを変則ガードだなんて……)
見ていて分かる。この子と師匠には絶対的な壁があるのだと。
そしてアルスの魔力体の体は一瞬で崩壊し、ガフートが見学している横にある修復ポイントに再構築された。
爺さんはゆっくりと拍手をしながら話し出した。
「確かに先ほどの技は素晴らしかった。しかし、弱点が二つもあるんですよ。」
そう言い、人差し指と中指を立てた。
「まず、一つ目はこの技がアルスの体にあっていないこと。二つ目は同じように武の極致に至った者なら見切るのも可能だということ。」
「二つ目は正直、そこまで影響はないと思いますが、一つ目の欠点が致命的なんですよ」
「アルスが先ほど使った技は恐らく別の誰かが生み出した技で、その別の誰かのために最適化されている技です。それを別の誰かではないアルスが使うと少しずつ乱れがでてきます。それは戦う相手が強ければ強いほど影響が大きくなります。」
(そういうことか、前の稽古でガフートに使って倒れなかったのも、精神が強いわけでも、俺が貧弱だったわけではない。本来の力を引き出せてなかったのか!?)
今ここで誰よりも圧倒的な存在感を放つ爺さんに自分ですらわからなかった弱点に気付かされることになった。
「テストは始まったばかりですよ?どんどんかかってきなさい。」
俺は剣をあと一本ガフートから借り二刀流という戦闘スタイルに変えた。
「臨むところだ。」
再び爺さんと距離を詰め右手の剣で切りかかったが簡単にいなされてしまった。だかアルスは特に困惑するわけでもなく左手の剣でその隙を突いた。
「ほほぉ、なかなかいいですね。」
しかし、それすらも簡単に防がれてしまった。するとアルスは防がれた部分から剣を滑らせ、そのまま地面を蹴り宙に待った。
(これは予想外だろっ……!)
爺さんの上を通過したタイミングで剣を振り首元を狙った強烈な一撃を叩きここんだ。
首は落とせなかったが、肩をかすめることには成功した。
(これにも反応できるってまじかよ……)
「見たことのない剣技ですね。それにその素晴らしい体術。思わず肩を切られてしまいましたよ。」
「その割りにはかなり余裕そうですね」
「我流・飛天龍!!」
アルスは左の剣で突きを繰り出した。当然その攻撃は叩き落とされたがもう片方の剣ですぐさま袈裟斬りを叩き込んだ。だが凄まじい速さでそれを刃と刃と合わせることで防御された。
(まだだ……!)
アルスはそのまま左に回転しながら下から上へと切り上げた。
(体の方も十分柔らかいのか…素材としては一級品ですね。)
しかし体を逸らすことでその攻撃を回避した爺さんはそのまま持っていた剣をアルスの腹にたたきこんだ。
「かっ……はっ…」
峰打ちで済んだとはいえよほどのダメージを受けたのか意識が飛びかけたが、なんとかギリギリ保つことができた。だが、足元をふらついており、まっすぐ歩くことができなかった。
(ダメだ……剣だけであの爺さんに勝つのは今の俺じゃ無理だ。)
「これを受けてまだ立っていられることに敬意を示します。ですので私の秘奥を見せてあげます。」
すると、ただでさえなかった薄っらとしていた気配が完璧に消え去り、アルスとガフートは爺さんを見失っていた。
「なっ、なんだ……これは…」
剣をなんとか構え周囲を警戒したが全く引っかからなかった。
(魔法の類なのか……)
そしてもう一度気配を探すために集中したときに気づいた。すでに自分が斬られていることに。
「秘奥の二・蜃気楼」
膝から崩れ落ちる俺の背後から声がした。
「これは存在を消すだけの技です。ですが極めたら無防備なとこを好きなようにつけるというとても便利な技なんですよ。」
俺は気づくと再び修復ポイントに立っていた。
「これが、師匠、いや剣聖シヴァ・ハーネリアの実力だ」
剣聖というのは災厄とよばれる存在を倒すことでその称号を得ることができる。そしてそのほとんどが特殊な異能を持っている。
シヴァはこちらの方へ戻りながら自己紹介を始めた。
「改めてシヴァ・ハーネリアと申します。今はあるお姫様の護衛をしたり剣を教えたりなどをしているただの老人ですよ。」
「アルス君、君は合格だ。むしろ今まで見てきた中で最高級の素材だ。」
「お褒めに預かり光栄です。剣聖様。」
「剣聖様ではなく、気軽に師匠と呼んでくれてもいいんですよ? もう師弟関係なんですから。」
「はい。師匠これからよろしくお願いします。」
俺はそう言い頭を下げた。
(手も足も出なかった……)
あまりの悔しさに思わず涙出そうになった。シヴァはそんな俺の表情を読み取ったのか
「魔法抜きでここまで私に戦えたんですから十分誇るべきだと思いますよ」そう微笑んだ。
「さて話を変えますが軍に入る前に私の方で鍛え直してほしいとのことでしたね?」
「ああ、正直どこまで伸びると思う?」
(これは本人がいる前では言えませんね)
「それは私にもわからない。未知数というのがこの子の評価です。」
そう言うとこちらに向き直り
「アルス、あなたはこれから首都にある私の家で寝泊りすることになります。明朝迎えをよこしますので今夜別れを済ませておきなさい。」
それだけ告げるとシヴァは訓練場から出て行った。
「俺たちも行くか」
俺は父と共に家へと戻った。
――
訓練場から出たらちょうど昼頃だった。家には一台の魔導車が止まっていた。
「お早いご迎えご苦労様です」
「師匠、人使い荒いですよ……」
「私はそのまま帰りますのでまた明日。」
そう告げると車に乗り込みそのまま帰路についた。
そのタイミングでジークが家から出てきた。
「昼ごはんだから呼びに行こうとしたんだけど、もう帰ってきてたんだね」
「とりあえず二人とも汗を流してきたらどう?」
シャワーを浴び食卓へとついた。
「母さんはどこ行ったんだ?」
「魔法省からの呼び出しだって、緊急なんだって」
(悪神竜対策の影響か)
「ジーク、ミレイユ、あとメイドさんや執事さんにも話したいことがあるから集まってくれない?」
「かしこまりました。」
一人のメイドが他のメイドを呼びにこの部屋から出て行った。
「どうしたの? 何かやらかしたの?」
ミレイユは心配そうに声をかけたが
「大丈夫だよ、そういうのじゃないから安心して」
程なくして現在家にいるメイドや執事が集まったのはメイド執事合わせて7人程度だった。
「申し訳ございません。全員を呼ぶとなると、この部屋が大変なことになりますので……」
「分かった、じゃあ後で伝えておいてください。」
「アルス・クロニムルは明日から首都の剣聖様のとこで修行させてもらうことになりました。ですので、長い間この家を離れることになります。」
そう言い放つと周囲は一瞬ざわついたがまた静寂が戻ってきた。
するとミレイユが
「ちょっとっ! どういうことよそれ!」
声を荒げてそう叫んだ。ジークが「まあまあ」と宥めたが一向に落ち着く気配がなかった。
「なんでまだ5歳のあんたがそんなことをしなくちゃいけないの!?」
「まぁ一旦落ちつけ。俺から話す。」
ガフートはそう言うとミレイユは素直に従った。
「面倒だから、簡潔にまとめるとアルスは強い。だが俺じゃ細かい体術を教えられねぇ、だから師匠を頼った以上だ。」
「だからなんでそんなことを…」とミレイユは疑問に口にした。
「ミレイユ姉さん、俺は軍に入ることにしたんだ。そのためにも師匠の力が必要なんだ。」
ミレイユは一瞬、悲しそうな顔をしたがすぐに元の顔に戻った。
「あんたがそれをしたいっていうなら私は止めないわ。お母様もそう言うと思うし。だけど…」と続けて
ミレイユは
「泣き言を言って逃げ帰ってくるようなら絶対に許さないからね! 頑張りなさいよ!」
応援の言葉を俺に送ってくれた。
そのやりとりが一段落したところでジークが話を切り出した。
「だったら、《特級異能者会議》はどうするの?」
特級異能者、それは国から国益になると認められた異能者の家系のことである。今のところ国内外合わせて4家しかなく、次期当主がその権限を持つことになっている。そして次期当主の選別方法にはルールがあり、家系のなかで最も強いものが次期当主になるというものがある。
特級異能者会議はその次期当主が集まって今のうちに親交を深めようというイベントだ。
「多分だけど次期当主はアルスになるはずだったんじゃない? 異能はともかく多分僕たちの中で一番強いし。」
「それについてなんだが、ジークお前にその代理を頼めないか?」
「ええっ! 僕が!?」
「確かアルスが生まれた年って《英雄の世代》とか言われてなかったっけ?」
ふとミレイユが口にした。
英雄の世代というのは、まれに、一年間だけという期間限定ではあるが至るところで強力な異能や魔法を扱える子供が生まれることから英雄の転生やら、過去の英雄の再誕だとか騒がれてその名がついた。
「他の3家も絶対いたよね? 世代の子が?」
「まぁな、前あいつらと集まったときおんなじ年に生まれたって聞いて驚いたわ!」
盛大に笑っているがこれはまずい状況ではないかと俺は思った。
「安心しろ、なんとかしてやる、その分アルスが戻ってきたときは頑張ってもらう。」
「アルスお前が軍に入って16歳になったら一時的に長期休暇を取れるように総帥にかけあっている。」
「それ! 初めて聞いたのですが!?」
俺は思わず声を荒げてしまった。
(そうなると、タイムリミットが出てくるな……それまでにある程度取り戻せたらいいのだが……)
「別に辞めるわけじゃない、お前には学校に行ってもらわないとな。クロニムル家の名前に泥を塗らないためにも必要なことだ。」
(この家は有名ではないが、国の中でもかなりの力を持っているはずだ。だから基本的に王立の第一から第三のいずれかの学園を卒業して、クロニムル家の人間は優秀ってことをアピールする必要があるのか。俺の場合は9歳から16歳までの魔法学校での勉強をすっ飛ばすから余計、学園卒という称号が必要になるってことか。)
「わ、分かってますよ……」
「よぉーし、話すべきことは話した! 母さんが帰ってきたらお別れ会だ!」
そう言い父はとんでもない量の昼ごはんを食べ始めた。
――
しばらくして母が帰ってき、お別れ会が終わった後だった。ミレイユが俺の部屋を訪ねてきた。
「ねぇ…アルス。私は正直言うとちょっと寂しいわ。大好きな弟と数年別れることになるなんて。だからその……」と照れながら俺の顔をしっかりと見て言葉を発する。
「何か、アルスの宝物くれない?」
(別に一生会えなくなるわけではないのに……)
俺は子どもらしいことなんて全くしてこなかったからそういったものは特になかった。
(仕方ない……姉にするってなると少し気がひけるが。)
ベッドに座ったミレイユの隣に座り肩を勢いよく抱き寄せた。「えっ!」とミレイユ驚いてたが気にするものか。
その可憐な唇に自分の唇を重ねた。最初は少し抵抗があったが、しまいには向こうから求めてくるようになった。俺は舌をミレイユのと絡ませて十分に互いに求め合ってから顔を離した。口から引かれた白い糸は夜空に照らされ輝いているように見える。
「宝物は俺のファーストキスってことで手打ちにしてくれませんか?」
俺がそう言うと凄く照れた表情をしたミレイユは黙って何度も首を縦に振り俺の部屋を後にしたのだった。
―――
ついに出発の時がきた。見送りには家族全員とメイド長と執事長という豪華なメンバーだった。
「忘れ物はないか? 俺のあげたあれは入ってるか?」
「ええ、大丈夫です。」
「寂しくなったらいつでも連絡してきなさい。」
「頑張れよ、アルス」
皆が別れの言葉を一声ずつかけてくれるなか一人だけ恥ずかしそうにしてる人物がいた。
「えっ…と、その……頑張ってね……」
いつもからは想像できないような小さな声だった。
メイド長と執事長が「坊ちゃまの活躍を期待しております」と声をかけたタイミングで一台の高級そうな魔導車が家に止まった。
俺は車の近くに行くと自動でドアが空いたので乗る前に
「いってきます!!」
と大きな声で叫び、車に乗り込んだ。助手席にはシヴァが乗っていたようだ。
「元気でよろしいですね。」
「みんないい人ですからつい気合が入っちゃって。」
車は動き始め、次第に家が見えなくなっていた。
「アルス、先に言っておきます。9歳までには軍でも十分通用するように仕立て上げます。ですがあなたの才能なら2年で十分だと思います。ですので、それ以外の技術や知識を学んでおくなど勉学にも力を入れてほしいと考えています。」
するとシヴァはスマートフォンのようなものを俺に見せてくれた
通称CAWだ。これは魔法の基盤となる術式をあらかじめ入力しておくことでそれに準ずる魔法の発動をスムーズにするといったものだ。
父や母のを何回か見たことあるが指輪のような形だったため、上手く分析できなかった。
「これは本来なら技術者が調整するのですが、戦場で何かあった際に自分で調整することができるということに越した事はありません。ですのでCAWの勉強をしとくことを強くお勧めします。」
「現役の方でも自分で調整できる方は非常に少ないですけどね。ですがあなたのその知識があればすぐに理解できると思いますよ。」
俺は力強く頷くと窓の方へ視線を動かした。窓から見える風景はだんだんと街に近づいているのではないかと感じた。
(確か首都までは12時間かかるんだったな。)
俺は途方もない時間のことを考えるをやめ、眠りについた。
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