第2話 お稽古の時間

この訓練場は家とは離れたところにあり、メイドや執事が寝泊りする寮の横に建てられている。なぜここまで広いのかというとメイドや執事にも戦闘技術を持たせるべきだとガフートが言い出したため大人数で訓練できるような大きさになったらしい。


「さて、それなら始めるか!遠慮なくかかってこい! この前のようにはいかんぞ?」


「はい!よろしくお願いします!」


この前というのは俺が初めてガフートに稽古を申し出た時のことである


―――


「俺に稽古をだぁ? まだ5歳のお前が?」 


「はい!」


「そうかそうか! いいだろう!俺は向上心のあるやつは好きだ! それにお前の異能の謎に関しても何かわかるかもしれないしな!」


もっと渋るのかと思っていたが、嬉しそうにそう答えた。


一緒に訓練場に向かい、一本の魔法で加工された訓練用の剣を俺に渡された。


「訓練用の剣には重量調節という魔法が込められている。 お前がまともに戦えるようになった時のために重さは今のお前にぴったりに調節してある。」


渡された剣の感触を感じつつ自分に馴染むよう何度か素振りを行った。


「なるほど、これは少し重いですね。」


だが、両手で持てば十分戦えそうな重さだ。


「肉体的ダメージはないが痛い思いはするから覚悟はしとけよ?それじゃあ始めようか! まずは一発打ち込んでこい!」


「わかりました!」


(まずはこの体でどこまで戦えるか知りたいな。元の世界の自分に関する記憶はある程度ある。戦闘技術や魔法の扱いや知識などは体が覚えている。とりあえず最大火力を叩き込んでみるか)


抜刀の構えをとり、俺は自分に中に流れる魔力や血液、筋肉の動かし方そして気配などを一つにしようと試みた。


(ほぉ〜いい構えだ。全く隙がねぇ。だが、あんな構えどこで学んだのだ? 動画の見様見真似であんな完成された形になるとは考えにくいしな)


ガフートはそう考えつつも少し楽観視していた。しかしそれが命取りになった。


アルスは極限状態まで集中し、そして一つになった力が完全に高まった瞬間に呼吸を止め、剣を振り抜いた。


絶技・ぜつぎ・ぜつ


「なっ……!」


ガフートは苦悶の声を上げつつ膝を地面についた。


(攻撃が見えなかった!? それにいつ距離を詰められた!? 楽観視していたとはいえ、注意はしっかりとしていたはずだ!)


「隙だらけですよ」


ガフートは苦しそうにこちらに顔を上げ、そのあとゆっくりと立ち上がった。


「ちゃんと構えてたつもりなんだがな……」


アルスは苦笑いを溢しつつも別のことを考えていた。


(この技に隙の数なんて関係ないがな。これは俺が元いた世界の中でも武の極致に至ったものにしか使えない最強の技の一つだ。あらゆる力を一つにしその力を爆発させるのがこの絶技・絶だ。)


だがとアルスはこれをまともに受けて目の前で立っていられる男を見て少し疑問に思った。


(これを受けてまだ立てるのか……俺の体が貧弱のせいか? あるいはこの男の精神が凄まじく強いから立っていられるのか?)


アルスは少し考えていると


「なるほど、これがお前の異能なのか!」


とガフートが嬉しそうに声を上げた


「お前に異能の兆候が見られなかったから心配していたが大丈夫そうだな! まれに受け継がれた異能は変化する場合もあるって聞いてたが、まさか俺の息子がするとはな!」


「俺もまさかこれが異能だとは思ってませんでした。最初からできて当然みたいな感覚だったので。」


「だとしたらお前の異能は成長高速化あるいは過去の英雄の知識や技術を引き出せるといった異能なのだろう。でなければお前のその賢さや戦闘技術に納得できん。」


(鋭いな、この男やはり戦闘に関係したことになるといつもとは考えらないほどの頭の回転力を働かせるな。よく見ている。)



すると、ガフートは興奮した様子で俺の肩を掴み激しく揺らしながら問い詰めてきた。


「どんな感覚なんだ! ほかにもどういったことができるんだ!」


「お、落ち着いてください! まだ俺にもわからないことがあるんですよ!」


ガフートを宥めていると遅れて凄まじい反動が襲った。


「すみません……あとはお願いします」


そう言い俺は意識を落としたのだった。


―――

それから俺は1ヶ月寝たきり状態になって今に至る


「おっと始まる前に制限として俺は異能と魔法の使用をしない。お前はあの絶技とかいう技の類は禁止だ。」


「わかってますって、流石にまた1ヶ月寝たきりはきついですからね……」


「あとは好きにやれ!」


ガフートはそう告げると剣を構えた。前の時とは違う全く隙がない構えだ。このご時世にここまで完璧な構えができるというのは逆に珍しいとも思うが。


「行きます!」


俺は真正面からガフートの懐に潜り込もうと地面を蹴った。しかし


「ふんぬっ!」


ガフートは思い切り地面を剣で叩きつけ、凄まじい余波と砂埃が俺を襲った。盛大に吹き飛んだ俺の全身に激痛が走った。


「がはぁ……!」


俺は一旦距離を取り直し再度剣を構えた。


(まずいなあれは…あんなの食らったらどう考えても一発で退場だ。なんて馬鹿力なんだ。)


「どうした! びびったのか!」


「えぇ! 少し驚きました!」


見栄を張るためにそう大声をあげたが受けたダメージは決して小さいものではなかった。


(なんとかして突破口を見つけたいが近づくたびにあれをされたら勝ち目がないな。仕方ない。)


するとアルスはガフートの周囲を走り回り始めた。


(ほぉ、さきの範囲攻撃対策のつもりなのだろう。だが甘いな)


ガフートの死角に入ったタイミングでアルスは懐目掛けて一気に斬りかかりに行った。だがそれを予期していたみたいにガフートはアルスを迎え撃った。


「ぬるいぞっ!」


(わざと微妙な隙を作ったのだ。賢いお前ならそこに気付いて一気に仕掛けるだろうな。)


ガフートは勝ちを確信し、アルスを叩き斬ろうと剣を振るったが、そこにはもうアルスの姿はなかった。その変わりに


「ぬぉっ……」


ガフートの横腹に切り裂かれた後があった。そしていつのまにかアルスはガフートの背後をとっていた。


(ちっ…急所に入ったはずだが、なんでまだ立ってられるんだ)


ガフートはふらついてはいるもののまだ戦えそうな状態ではあった。


「さすがですね、お父様。急所に入れられてもまだ余裕だなんて。」


「まぁな! 精神力には自信がある。それに現実でのダメージを精神的ダメージに変換されるということは元の肉体の質をあげたらダメージも薄れるって寸法よ。」


(筋肉お化けがっ!)


その筋肉に加えて魔法や異能も使えるとなるとやはり人外ではないかと疑ってしまいかねない。


「次は俺から行くぞ」


ガフートは地面を蹴って、アルスに肉薄した。そのスピードは凄まじく、攻撃を受ける以外に選択肢はなかった。「ハァッ!」と気合の一声とともに剣を横に振り抜いた。


「クッ…!」


当然回避などできず剣で受けたが、その威力は凄まじく、奥の壁の方向へ派手に飛ばされた。危うく意識を落としかけた。


(クソッ……!こうなれば仕方ない…!一か八かやってみるか)


巨体の男がとどめを刺そうと一歩また一歩とこちらへ歩みを進めてくる


「5歳児にしては十分すぎるな! だからそろそろ終わりだ」


いつもの父からは考えられないほど冷め切った声でアルスにその言葉を投げつけた。


「まだ負けてない、ですよっ…!」


アルスは両手で持っていた剣を右手に持ちかえ、フリーになった左手に魔力を込めた。


(一からの術式構成なんて転生前は死ぬほどやってたはずだ!)


脳内で一から魔法式による組み立てを始め、基盤となる術式を構成する。この場面で有用なのは相手の動きを停止させる魔法だ。


俺の左手に気づいたガフートは


「魔法の行使か、面白いな! 本当は完成まで待っていたいがこれは稽古だ。戦場じゃ、誰も待ってくれないぞ?」



そう告げるとガフートはもう一度俺を真っ二つにしようと肉薄するが、俺はできるだけやつと距離を取りつつ術式の構成に集中力を費やした。


(それは愚策だぞ?)


ガフートは足に込める力を最大限までため一気に解放した。先ほどまで彼がいた場所は地面が抉れ、とんでもないことになっていた。そしてそのガフートは距離をある程度とっていたはずのアルスに一瞬で肉薄し、その剣を叩きつけた。



しかし、アルスはその体捌きで完全に力を流しきっていた。


「おいおい、片手の時の方が剣の扱いが上手いってかまじかよ」


すると先ほどまで大した魔力量でもなかったアルスの左手が凄まじい魔力で覆われ始めた。


「これは……!」


灰色の魔力は中途半端なものとして扱われてきた。だがある研究に魔力というものには本質があるいう記事を発見した。それを見た俺はもしかしたら灰色の魔力はあらゆる魔力に変換可能だということから灰色の魔力の本質は変化ではないかと思いすぐさま試してみることにした。


俺は試しに前世の俺の魔力にできるだけ似せるよう調整した。最初はすぐに魔力が乱れ、そんなことは不可能ではないかと思ったが、続けるうちに少しずつ魔力そのものが変化したように感じることができるようになった。


(そして今の俺の魔力は……)


「させぬっ!」


ガフートは危険を感じたのかあらゆる方向から剣撃を浴びせてきた。なんとか防げていたが攻撃が甘くなったのを見切ってアルスは剣を全力で投げつけた。


「小細工をっ!」


剣に意識を持っていかれ、再びアルスに視線を戻した時には遅かった。


氷結地獄ニヴルヘイム


左手をかざし、そう呟くと訓練場の端から端まで全てが凍りついた。


(前世の時の魔力……いやもしかしたらそれ以上の力を秘めてるのかもしれないな)


まともにこの魔法を受けたガフートはもちろんのことアルスさえもこの結果に驚いていた。

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