161話 零れ落ちた真珠 射抜かれた心【7】

 翌日。

 王宮へ出向いたプラスタンスに、スカレーナ陛下が面会を許可した。

 そこでようやくジオとの婚姻が許可された。

 流石に彼の女王も、プラスタンスの執念に根負けしたのである。


 ただし、条件が出された。

 今後アフレック伯爵家とファンデール侯爵家。

 この両家の婚姻を実子や養子女に関わらず、子々孫々に渡り認めず。

 という厳しい内容のものであった。


 要するに。

 両家が二度と姻戚関係になることを許さないということである。

 だが、プラスタンスにしてみれば、そんなことはどうでもよいことであった。

 ジオと結婚できれば、それでよかったのだから。

 ファンデール侯爵家の御歳確か五歳になる赤毛の小僧のことなど眼中になかった。


 しかしそんなことを表面に出すほど愚かではない。

 スカレーナ陛下に深く頭を下げ。

 心にもない感謝の言葉を山のように並べ。

 プラスタンスは婚姻許可の書状と共にドーチェスター城を後にした。




 二人の結婚式は国内の貴族達を招いて盛大に行われた。

 絢爛豪華な婚礼衣装に身を包む美しいプラスタンス。

 大勢の者達が連日祝福する。

 

 そんな中、当事者である二人の胸中は非道く複雑なものであった。

 結婚式をあげ、晴れて夫婦と認められたにも関わらず。

 ジオはプラスタンスと寝室を共にしなかったのである。


 彼女のことを決して嫌いではないのだ。

 しかし、この場にいる経緯が経緯なだけ。

 我ながら情けないと思いつつ。

 ジオの男としての精一杯のプライドをかけた抵抗であった。


 この件に関して。

 プラスタンスは表情に出さず、文句も言わないで平然としていた。

 なのでジオは特に気にしなかったのだ。

 だが、のちに表面だけであったことに気付くこととなる。


 祝い客が全て引き払い。

 アフレック伯爵家に再び静寂が訪れた日の夜。

 プラスタンスの寝室横の廊下を通る。

 宛われている自分の部屋へと向かうためだ。

 しかしジオは自己嫌悪に襲われていた。


「はぁぁ……。オレもつくづく度量の狭い。小さな人間なのだな……」


 脱走することを諦めて、結婚式まで挙げたのに。

 いまだにプラスタンスと夫婦になることを拒んでいる。

 そのことに対しての愚痴であった。


 あまりにも深く落ち込んでいたため。

 普段では絶対にありえないミスをジオは犯してしまった。

 丁度プラスタンスの部屋から出てきた侍女と見事にぶつかる。

 相手を床に転ばせてしまったのだ。


「きゃ!」


 侍女の小さな悲鳴。

 そして彼女が腕に抱えていた道具類が音を立てて床に散乱した。

 プラスタンスの寝支度を整えるための品々である。


「も、申し訳御座いません!」


 ぶつかった相手は主の夫である。

 侍女は青ざめて床に転がったまま必死に謝罪する。


「ああ。すまん。悪かった」


 逆にジオは、自分の不注意から女性にぶつかったこと。

 更に転ばせてしまったことに動揺する。

 無意識のうちに腕を伸ばし、侍女の手を取り立たせてやった。

 だが、侍女は足元に散乱している細々とした道具を踏みそうになる。

 避けようとしてまたもや転びそうになった。


「おっと!」


 ジオは侍女の腰に手を伸ばし支えた。

 そこへ物が散乱する音を聞いたプラスタンスが部屋から出てきたのである。


「あ!」


 ジオと侍女の姿を見た彼女が小さく声を発した。

 そしてそのまま凍り付いた。

 大きく目を見開いたまま二人を凝視するのだった。


『何だ⁉ 一体どうし……』


 不可解な彼女の行動に、ジオの思考がここまで働いた時だった。


「あっ‼」


 彼が奇声を発した。

 全てが理解できたのだ。

 今のこの体勢は、プラスタンスの方から見ると。

 まるでキスをしているように映るということに。


『やば‼』


 また剣を振り回されるかと思い、瞬時に身構えたジオであった。

 そうなったら自分は逃げるしかない。

 騒ぎを聞きつけたレオナルドが、プラスタンスを止めてくれることを願いながら身を固くする。

 しかし、そんな彼が見たものは意外な光景であった。

 真っ直ぐにこちらを見つめる彼女の目から。

 一粒の真珠のような涙がこぼれ、頬をつたって床へと落ちた。

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