160話 零れ落ちた真珠 射抜かれた心【6】

「プラスタンス‼」


 レオナルドが騎乗した状態で駆け寄ってきた。

 奇襲をかけられ行方不明になっていた娘の無事な姿を見つけ破顔している。


「父上」

「無事であったか⁉ 心配したぞ!」

「えっ⁉ あんたアフレック伯爵家の……」


 男の顔が驚きで引きつった。


「ええ。そうよ。ありがとう」

「おお! モンセラ砦のレイマニー殿ではないか⁉」

「お久しぶりです。アフレック伯爵。お元気そうで」

「貴殿もな。だが一体?」


 この日初陣を向かえたばかりの娘は、ジオとは全く面識がないはずである。

 この二人の組み合わせに驚くレオナルドであった。

 そんな父にサラリとプラスタンスが説明をする。


「助けて頂いたのです。私も我が軍も。お陰で全滅せずにすみました」

「そうであったか。いや、ありがとう。レイマニー殿」

「いや……。オレは別に何も。単にこちらの加勢に、たまたま兵を動かしていただけですから」

「いや。それでも貴殿があの場を通りかかっていなければ、我らは多大な被害を被っていた。本当に感謝致す」

「いえ。ではオレはこれで。ローバスタ砦司令官に報告に向かいますので」


 ジオはローバスタ砦の旗を掲げた一軍の方へと馬の鼻先を向ける。

 そしてプラスタンスの横を通り過ぎる時。

 顔をしかめて小さく呟き行ってしまった。


「……。あんたみたいなお嬢さんが戦場に出るなんて、世も末だな」


 プラスタンスはジオの言葉の意味を計りかねた。

 今回自分は何の役にも立てなかった。

 それどころか戦争という魔物からの強烈な洗礼を受け、命を落とすところだった。

 彼があの場にいてくれなかったらと思う。

 今頃になってゾッとするプラスタンスであった。


「父上。あの方は?」

「ああ。南のモンセラ砦司令官補佐のジオ=レイマニー殿だ。確か実家はアスターテ山脈のすそ野にあったはずだが」

「司令官補佐? でも、貴族ではないのですね?」


 貴族の名前に付く爵位を表す称号が無いのでプラスタンスは確認した。

 通常砦の指揮官クラスは貴族しか着任出来なかったからである。


「そうだな。貴族ではないが、一兵卒からあの地位まで昇進した。なかなかみどころのある男だ」

「そう……ですか」


 そう小さく呟き。

 プラスタンスはジオが駆け去った方を振り返った。

 彼女の瞳と心にジオの姿が強烈に刻まれたのである。


 此度の騒動。

 いわばプラスタンスの一目惚れから始まったものなのである。

 だが、現況はジオにあると言っても過言ではないであろう。

 当のジオはすっかり忘れてしまっているようだが。


「そういう貴殿は、オレなんかのどこがお気に召したのですか?」


 モンセラ砦の外壁の上から訪ねられたジオの言葉を思い出す。


「ふ……ん。そんなこと。恥ずかしくて言えるものか」


 ポツリと呟いて、プラスタンスはグラスを一気に呷ったのだった。

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