158話 零れ落ちた真珠 射抜かれた心【4】
小さなかけ声をあげた彼女の姿が、あっという間に砂塵の彼方へと消える。
それを無言で見送っていたレオナルド。
ポツリと呟くようにプラスタンスの行く先と、その理由について教えてくれた。
以前紹介した男と共に、四つにされそうになったことも付け加えて。
教えられた内容にもだが、レオナルドの行為はジオを大層驚かせた。
こんな内容を教えてくれるということ。
それは自分のことを同等と見なしてくれているということに他ならないからであった。
この屋敷に来てからの半月を振り返る。
領地など殆どないに等しい自分を、レオナルドもプラスタンスも決して軽んじることはなかった。
むしろ同じ身分の者のように扱う。
だからこそあまり居心地の悪さを感じることがなかったのであった。
それは何故なのか。
彼はずっと疑問に思っていたことを質問してみることにした。
「あの……。伯爵は宜しいのですか? その……。オレみたいな」
それでも言いにくそうに口ごもるジオ。
彼の気持ちを察してくれたのか、レオナルドが笑顔を見せた。
「なに、そんなことは大した問題ではない。どんな大貴族も。いや王家であっても。元を辿れば所詮は農民。出発点は同じだ。そしてその出発する時点が、早いか遅いか。また世情に乗って上手くいくか否かの差であるだけのこと」
「…………」
「幸いにも我がアフレック家は、どうにか今日まで潰れることなく繁栄することが出来た。この先もそうであって欲しいと願い努力する。日々それの繰り返しだ。人間が生きていく上で、本当に必要なことは身分などではない。常に起こりうる厄災にどう対処し、乗り切って行くかを考え、またその術を身につけること。そして如何に幸せと思うことが出来るか。それに尽きると私は思うのだよ」
彼は笑顔でジオの不安を見事に一蹴してくれた。
「私は戦場で何度か君を見ている。その手腕は高く評価しているつもりだ。君の名をあれが口にした時、私は心の中で手を叩いたものだったよ。あの娘もなかなか男を見る目があると」
「はぁ……」
褒めて貰ってはいる。
だが、果たして喜んでいいのか。
悲しむべきなのか。
浮かべる表情に苦悩するジオであった。
「歳を重ねると、悲しいことだが攻めの姿勢を失い、どうしても守りに入ってしまう。あれの見込んだ男が、我が家に新しい風を吹き込んでくれることを、私は期待している」
そこまで言って、レオナルドは一旦言葉を切った。
そしてそこからはまるで懺悔をするような口調へと変化したのであった。
「若い頃。私はずっと君のような息子が欲しいと思っていたのだよ。だが……。そんな風に思うこと自体が、間違いであったと、暫くして痛切に気付かされた」
ジオはレオナルドが一体何を言いたいのか掴めなかった。
「私の心ない言葉であれはあんな風に育ってしまった。気付いた時にはもう手遅れで、その責任は十分に感じている」
「伯爵?」
「私は……。あれの。あの子の目の前で、女ではなく男が欲しかったと……。言ってしまったのだよ……」
深い溜息と共に吐き出されたレオナルドの後悔の言葉である。
だが、ジオにはそれが何故こんなに彼を悩ませ、落ち込ませているのか。
まだ理解できないでいるのだった。
家の跡取りに力の強い男を望む。
別に貴族でなくとも普通のことであったから。
しかし、このレオナルドの一言が。
プラスタンスの人生を一変させていたのであった。
女の自分は父の望む子供ではないのだと。
子供とは、善しにつけ悪しきにつけ、悲しくも純粋で一途な生き物なのだから。
「あんな男まさりの娘でも、私にとってはとても愛おしい、たったひとりの子供だ。幸せになって欲しいといつも願っている。君があれを愛してくれればと、切に願うよ」
そう言ってレオナルドはジオの肩を軽く叩いて部屋をあとにした。
残されたジオは両手で持っているグラスをジッと見つめる。
プラスタンスは賢く聡明な女性であった。
会話の内容も多種に飛んでいて、知識も豊富なため飽きずに楽しい。
だが、ひとりの女性として。
また妻として見れるかと問われれば難しいところである。
ジオの好みはモンセラ砦副司令官に呟いた通り。
可憐で清楚な女性だったのだから。
しかし、今度脱走したなら。
自分の実家も潰されかねないという心配がある。
どんなに優しくとも、貴族とはそういった類の人種だとジオは思っていた。
大きければ大きいほど特に。
モンセラ砦に勤務していた十五年間で、嫌というほど見てきているから。
あの時。
プラスタンスがあれほど怒って、連れ戻すためにやってくるとは正直予想外であった。
そもそもあのお嬢さんが、一体自分のどこを気に入ったのか皆目検討がつかない。
しかも自分から持ちかけた賭で大敗。
醜態を晒してしまっているだけに、強く拒否することも出来かねる。
だからといって。
このまま素直にこの家に落ち着くのも癪に障る。
身に覚えもないのに財産目当てなどと言われるであろうことにも抵抗があった。
「はぁぁぁ……」
八方手詰まりで天を仰ぎ、深い溜息を吐いたジオだった。
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