157話 零れ落ちた真珠 射抜かれた心【3】
ジオがアフレック伯爵家へ来てから半月が経過した頃であった。
王宮へと使わされていた使用人が戻る。
受け取った書簡を見たプラスタンスとレオナルドが、揃って深い溜息を漏らしていた。
「どうかしたんですか?」
ジオである。
この屋敷で身体の鍛錬以外特にすることがない。
なので剣の相手をレオナルドに頼もうと丁度部屋を訪れたのだった。
「あ、いや……」
ジオの問いかけにレオナルドが言葉を濁す。
プラスタンスは無言で卓上の厚手で綺麗な紙を睨み付けていた。
「?」
一体どうしたのだろうとジオが首を傾げた時である。
「王宮へ行って参ります」
プラスタンスが紙をクシャリと握りしめ、呟くように言った。
「共に行こうか?」
「いえ。ひとりで大丈夫です」
固く決意している娘の目を見つめ、レオナルドは優しい笑顔を浮かべた。
「そうか。なら行っておいで」
「はい」
強く返事をするプラスタンスであった。
そのあとチラリとジオの方を見る。
「父上。あの……」
一度速攻で脱走されている。
残していく彼のことが心配なのであろう。
「こちらの方こそ、心配はいらん。帰ってきたそなたに二つにされたのでは叶わんからな」
少し前のことを思い出し、レオナルドは苦笑した。
「お願いします」
父レオナルドの言葉に安心したのか、プラスタンスは一礼するときびすを返した。
「暫く留守にするから、大人しく待っていろ」
ジオの横を通り過ぎる時にそう言って、部屋から足早に退室したのであった。
「……。オレは女か⁉」
そう小さく呟き、ジオはふてくされて頭を掻いた。
レオナルドは暗い表情で娘が出て行ったあとの扉を見つめる。
『あのスカレーナ陛下をどう攻略するつもりだ⁉ プラスタンス……』
先ほどプラスタンスが握りしめた厚手の綺麗な紙。
王宮にいるメレアグリス国の国王であるスカレーナ陛下からのものであった。
願い出ていた彼女とジオとの婚姻願いを却下すると認められたものである。
ジオの妹であるレイマニー家のレリアが、先にファンデール侯爵家のアーレスと結婚している。
すんなり許されるとは二人とも思ってはいなかった。
だが、それを承知の上で娘がジオと結婚したいと言ったのだ。
このアフレック伯爵家唯ひとりの跡取り。
周囲のそして父の期待に添うべく、涙ぐましい努力をしてきた。
それを知っているレオナルド。
プラスタンスの希望が叶うことを切に願うのであった。
「本当に何があったんです?」
場の空気から。
何かしら厄介な問題が発生していることくらい容易に想像出来る。
またそうでなくては司令官補佐にまで昇進してはいない。
重要かつ深刻な問題であればあるだけ。
部外者に等しい自分になど、教えてくれる可能性は低い。
しかし心配するくらいは勝手であろう。
そんなジオに対しレオナルドは、棚に綺麗に並べられている酒瓶を指さした。
「少し付き合わないかね?」
「まだ明るいうちからですか?」
ジオは驚いた。
それも当然であろう。
大貴族の当主であるレオナルドから、酒を一緒に飲もうと誘われたのだから。
「なに……。今ここが戦場であったとしても、構わずに誘うよ」
ニヤリと笑うレオナルドにつられて、ジオも笑顔を返した。
「それは嬉しい限りですね。上の連中は
「ははは」
レオナルドは楽しそうに笑った。
右手にグラスを二つ。
左手に酒瓶を持つとテラスへと移動した。
ついで貰ったグラスに二回ほど口を付けた頃。
五名の従者を従えたプラスタンスが馬に乗って屋敷から出て行こうとしているのが見えた。
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