156話 零れ落ちた真珠 射抜かれた心【2】

「ど……う」


 どうにか言葉を吐き出した。

 驚きのあまりそこまで言うのがやっとであった。

 そんな彼目掛けて、プラスタンスが矢を放った。

 ターンという小気味よい音がする。

 ジオの右側の首筋を掠めた矢は、後ろの壁へと深く刺さった。


「な! 何を……」


 そう言いかけたジオ。

 プラスタンスの第二射が放たれる。

 今度は彼の左の首筋を掠め、再び後ろの壁へと突き刺さった。

 驚くべき射的の正確さである。


 確かに過去戦場で幾たびか会ったことはある。

 だが、これほどの腕前とは知らなかった。

 とても大貴族のお嬢様の成せる技ではない。


 先ほど彼女の姿を見た時、あまりの形相に血の気が凍った。

 そして今度はその腕前に血の気が引いた。

 しかもこれ以上半歩でも動いたなら。

 本気で三本目の矢を自分の心臓に放つであろうと思えるからだ。

 それほど彼女は怒りを露わにしていたのである。


「お前という男はっ!」


 ジオは本能的に危険を察知し、動かなくなった。

 それを見てプラスタンスは弓を床に放った。

 さらに腰の剣を抜いて彼に斬りかかってきた。


「うわっ‼」


 身を翻して避けたジオ。

 彼の変わりに先ほどまで彼が座っていた椅子とテーブルが真っ二つになった。

 ジオは最初の切っ先を避けてホッとした。

 だが、容赦なくプラスタンスのふた振り目が見舞われる。

 なかなか俊敏な動きであった。


 ジオは咄嗟に腰に差していた剣を掴み受け止める。

 ギーンという鈍い音が周囲に響いた。

 それはジオが剣を鞘から抜いてではない。

 納まった状態で受け止めたからである。


 決して焦っていたからとか、剣を抜く余裕がなかったからではない。

 プラスタンス相手に剣を抜くことなど、出来るはずがないからである。

 どんなに理不尽な理由で攻撃されたとて。

 貴族相手に剣を抜くなど、平民である自分に許されることではなかった。

 小さな傷ひとつでも負わせたなら。

 一家全員の首は飛び、晒し者にされるであろう。

 貴族とは。

 権力者とはそういう生き物なのである。


 よってどんなにプラスタンスから攻撃されようと。

 ジオは逃げと防戦のみと為らざるを得ないのであった。

 と言うか。

 命は惜しいので逃げるしかないと表現した方がよいであろう。


「逃げるな!」

「はぁ? ご冗談を!」


 そうしている内。

 店内の物が次々と無惨な姿へと変貌していく。

 恐怖のあまり事の成り行きを見守っていた店主が、堪りかねて悲鳴を上げた。


「お止め下さい! 店が、店が壊れる‼」


 だが、時既に遅しとしか言いようがなかった。

 店内の物はほぼ全て原型を留めておらず、壁は異常に風通しがよくなっている。

 それはつまり大きな穴が幾つも空いているということであった。

 結果。

 店は哀れにも半壊した。


 後日。

 アフレック伯爵家の現当主であるレオナルドは、店の修理費と再開までの補填費用を店主に渡すこととなる。

 そのお陰で幸いなことに店は修繕され、約半月後には再開店出来たと聞く。


 だが、ジオはと言えば。

 プラスタンスにボコボコにされ、再びアフレック伯爵家へと連行されたのであった。

 屋敷に戻ってきた彼らを出迎えたレオナルドは、腫れ上がったジオの顔を見て絶句したと言う。

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