152話 出会い【1】

 五歳の誕生日を迎えて直ぐの頃だった。

 オレは初めてジーグフェルドに会った。

 幼少期の男子は何故か生存率が低い。

 そのため、どの家でもこの時期を乗り切るのに必死だ。

 この歳まで育てるのに一苦労するのだそうだ。

 そしてかなり神経質になっている。


 そのため男子に限り。

 五歳の誕生日までは外に出さない風習がこのメレアグリス国にはあるのだった。

 つまり五歳の誕生日を迎えてようやく。

 オレは初めて自分の家から外へ出ることが出来たのである。

 父ラルヴァと母アイラと共に、アスターテ山脈を越えたファンデール侯爵家を訪れることになった。


 彼の侯爵家はメレアグリス建国以来より反映している大貴族である。

 当初この国は南北に細く縦長であった。

 南に王家であるクレセンハート家。

 北にファンデール侯爵家。

 そして中央をバーリントン伯爵家。

 それらが、強大な力でもって統べ、他の小貴族達を統治した。


 この国は南北の海に面して港を持つ。

 さらに東西に向かう大きな街道が通っている。

 そのおかげで瞬く間に反映し、近隣の小国を吸収していったのである。


 そして数代前に起こった戦の勝利。

 これによって、我がシュレーダー伯爵家がこの地に領土を与えられた。

 当初よりファンデール侯爵家とは有効な関係を築いてきているそうだ。


 父ラルヴァはそこの次期当主であるアーレス様と年が近い。

 また昔からとても仲がよかった。

 そのため頻繁にお互いの屋敷を行き来しているらしい。

 母のアイラもレリア様と親しくしていた。

 よく二人の会話にその名が出てきていたから。


 しかし、レリア様は身体が弱く、ベッドに寝たきりの状態が多いようだ。

 両親共にその様子をかなり気遣っていた。

 アーレス様はよく当家に遊びに来られていた。

 だがレリア様はそうはいかない。

 なのでオレの顔見せに伺ったというわけだ。


 無論当時のオレがそんな複雑なことを知る由も、理解できているはずもない。

 ただただ外に出かけられたことを喜んでいたのだ。

 そして何故シュレーダー伯爵家の方が先にファンデール侯爵家へ足を運んだかというと。

 相手の方が爵位が上なのが大きな要因ではある。

 さらにオレがジーグフェルドより約一月程先に誕生日を迎えているからだ。

 外出が解禁となった。

 両親が嬉しがってイソイソと連れ出したと言ったが正解であろう。


 到着早々。

 当時はまだ健在であったジーグフェルドの祖父母。

 ファンデール侯爵夫妻に挨拶をした。

 久しぶりに再開したアーレス様に頭を撫でて頂いた。

 そののち、初めて同じ年頃の子供である彼に会ったのだった。


「あれが君と同じ歳の息子。ジーグフェルドだよ。仲良くしてやってくれ」


 連れて行かれた部屋。

 アーレス様が紹介してくれた彼。

 部屋のほぼ中央に敷かれている気持ちよさそうな絨毯に、両足を開いてペタンと座っている。

 積木を高く積み上げて、顔だけをこちらへと向けた。


 上等な白い絹のシャツに黒いスラックス。

 今まで見たこともないほどの見事な赤い髪である。

 でっかい瞳は綺麗な青。

 見つめていると吸い込まれそうである。


「ジーク。彼はシュレーダー伯爵家のカレルだ。一緒に遊んで貰いなさい」


 そう告げるとアーレス様は部屋を後にした。


「カレル=セイ=テ=シュレーダーです。宜しくお願いします」


 何度も練習させられた言葉を、我ながら上手に言えたと思う。

 何といっても相手は侯爵家だ。

 粗相がないようにと両親も必死だったのだろう。

 だが、精一杯振りまいた作り笑顔は、素っ気なく床に叩き落とされた。


「そう。宜しく」


 それだけ言うと。

 彼は視線をオレから積木へと移したのだった。


『え、と……』


 どうしたらよいのか正直狼狽えた。

 こんな反応は予行演習にはなかったからだ。

 何かいけなかっただろうかと考えたが、さっぱり分からない。


 しかし、ご機嫌はとっておかなければならない。

 格下貴族の悲しい性である。

 取り敢えず彼の視界に入ろうと、積木を挟んで対面に座ってみた。

 けれども彼はオレを見ない。


「ボクも一緒にやっていい?」

「…………」


 必死の問いかけに、返ってきたのは冷たい反応であった。

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