151話 宝石の日々【2】

 脱走した赤と金の小動物たち。

 屋敷の裏手にある道沿いの湖へと到着していた。

 ジーグフェルドとカレル。

 この時共に七歳であった。


「やばかったなぁ……。あれ大切な物か?」

「ああ、確か父上が今年の冬場に行われたウサギ狩りの褒賞品として、ラナンキュラス国王より頂いた代物だったと思うぞ。工芸品が有名な何とかという国……。何だったかな? とにかくそこの陶芸師に作らせたと仰っていたような気がする」


 そう。

 なので、客室用サロンの暖炉の上に飾られた代物なのであった。


「…………」


 カレルは数秒固まった。

 そして次の瞬間。

 盛大に伸びをしながら、傾斜のついている土手の草地に寝転がった。


「あ~あ! また納屋に放り込まれるかな?」

「さあな。今考えてもしようがないことだ」


 ジーグフェルドもカレルの横へ同じように寝転がる。


「何でそんなに落ち着いているんだよ?」


 カレルは不満いっぱいの表情である。

 そんな彼とは対照的に、ジーグフェルドの表情はあくまでも涼しい。


「形あるもの、いつかは壊れる。永遠不変の物など存在しない」

「それは分かるが……。その理論と、先ほど花瓶を割ったことに対して、どんな仕置きをされるかということが、どう関係するんだ?」

「【さっき】割れなかったとしても、【いつか】は誰かが割ってしまうだろう」

「だから?」

「その【いつか】が、【さっき】になっただけだ」

「…………。オレには相当な屁理屈に聞こえるが……。気のせいか?」

「あははは、何とでも言えよ。仕置きの件だって、罰を考えるのは父上達だから、オレ達がここで色々想像したって仕方ないだろう⁉」


 ジーグフェルドは盛大に笑った。


「それに」

「それに?」

「あの花瓶を割ったのは、カレルだ」


 カレルは絶句した。

 そして次の瞬間。

 顔を真っ赤にしてジーグフェルドに掴みかかったのだった。


「てめっ! ずるいぞ‼」


 掴みかかったとはいっても、それだけのこと。

 別にお互い暴力的になるわけではない。

 それが分かっているので、ジーグフェルドも軽く手で防戦しながら受け流す。

 本当にそれだけのことであった。


 だが、今日はその場所がまずかった。

 勢いよく動いた反動でカレルがバランスを崩してしまった。

 そんな彼を支えようとジーグフェルドが腕を伸ばした。

 しかし、その腕もろとも一気に斜面を転がった。

 転がった先は湖である。

 ふたりは盛大な水しぶきを上げて、水中へと消えた。


 そして数秒後。

 ずぶ濡れで。

 ゼイゼイと喘いでいる小動物がふたり、草地に転がっていた。


「ジークは……。オレを殺す気か?」

「わざとじゃないんだ。不可抗力だろう?」

「だからといって、そんなんで死んだら、洒落にはならんし。化けてでるぞ」

「安心しろ。カレルが死ぬくらいなんだから、きっとオレも一緒に死んでるぜ」

「おい、何か今の表現は引っかかるぞ」

「なにがだ?」

「オレの方が、しぶといように聞こえた」

「違うか~?」

「もう一回湖に沈めてやる」

「なんだとー!」


 よせばいいのに。

 ふたりして上半身を起こし掴みかかる。

 彼らは知らなかった。

 濡れた衣服が草地の上をどんなに気持ちよく滑っていくのかを。

 案の定。

 再度盛大な水しぶきを上げて、ふたりは水中へと消えてしまった。


 そして数分後。

 青息吐息で。

 声なく喘いでいる小動物がふたり、再び草地に転がった。

 今度は悪態もつけない状態である。

 そんなふたりの頭上から、聞き慣れた声が降ってきた。


「あれ? 坊ちゃん方。ずぶ濡れで、どうされました?」


 現れたのはファンデール侯爵家随一の筋骨たくましい使用人。

 力仕事を専門とする大男であった。

 今朝方早くに山へ出掛けていた彼の荷馬車には、山のように薪が積まれている。


「丁度いい。屋敷へ帰るところですから、乗せていきましょう」


 屋敷での一件を知らない彼は、言うなりふたりを両脇に軽々と抱えた。


「ちょっと待て! 今は帰りたくないのだ」


 そう言いたかった。

 だが、声にはならず。

 抵抗する体力も、今のふたりには残ってはいなかった。

 父達の怒りが多少おさまるまでと脱走してきたというのに。

 あっけなく連行されることとなってしまった。


 


 双方の父親に引き渡された彼らは、ラルヴァの手によって裸に剥かれた。

 そののち庭先の大木に吊された。


「反省という言葉の意味を少しは理解しろ」


 ギャアギャアと騒ぐ小悪魔達を背に、こめかみを押さえながらラルヴァが呟いた。

 彼は先ほどアーレス共々、ファンデール侯爵からたっぷり説教をくらっていたのである。

 そんな彼らを後方から見つめてアーレスは思った。


『花瓶を割ったのがジーグフェルドなら、十分陛下には申し開きができるので、まあ、いいか……。それにしても……。この先一体どう成長していくのだろうか、な……』


 ふと視線を感じて振り返るとレリアと目が合った。

 彼女はまた優しく微笑んでいる。


『貴方が心配しなくても、きっとよき青年に成長しますよ』


 そう言っているようであった。


『ああ、そうだな……』


 とは思いはしたが、やはりまたひとつ溜息を付いたアーレスであった。

 そんな彼らを包むかのように、緑色の初夏の風が優しくファンデール侯爵領を吹き抜けていった。

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