149話 ジュリアの野望【2】


 翌朝、朝食の席にやってきたイシスとジュリア。

 ジーグフェルドは見とれてしまう。

 一番驚いたのはイシスの変身ぶりである。

 シュレーダー伯爵家での比ではなかった。


 髪は綺麗に結って上にあげ、所々に宝石を飾り。

 目元にはラインがひかれ、頬を少しピンク色に染め、唇には紅がさしてある。

 胸が少しあいている部分には、いつも付けている色とりどりの玉が美しく輝いていた。

 腰の部分は引き締めてあるが、苦しそうにはしていない。

 それでも細い。

 すそは柔らかそうな布地が緩やかにひだを形成している。

 全体的にゆったりとした感じに仕上がっていた。


 ジュリアが持っているドレスはすべて一点ものだ。

 だが、ジュリアも同じような姿である。

 わざと似ているドレスを選んだのだった。


 ドレス以外の二人の相違点。

 肌・瞳・髪の色とアクセサリーのみである。

 逆に言うなら。

 その違いを除きさえすれば、まるで双子の姉妹のようであった。


「今から宮廷にでも赴くかのような出で立ちだな」


 プラスタンスは苦笑する。


「だって城からは出られないのですもの……。せっかくなのですから、ここでお洒落しても宜しいでしょう?」

「構わないよ。好きになさい。二人ともよく似合っている」


 年頃な娘の気持ちは分かる。

 久しぶりに見せる楽しそうな表情だ。

 それで気分が晴れるのならばと、プラスタンスは優しく笑う。

 クルクルとドレスの裾を翻し、ジーグフェルドの側へとイシスが寄ってきた。


 もともと綺麗な姿勢で歩く彼女であった。

 ドレスを着ての歩行の仕方も美しかった。

 両手で前側の布を少しつまみ、靴で裾を踏まないようにして上手に歩く。

 洗練された貴婦人のようである。

 ジーグフェルドは椅子に腰掛けた状態で、そんなイシスの手を取った。


「嬉しいか?」

「ああ。とても!」〈流石に、こんな豪華なドレスは、着たことがないからね〉


 後ろに続けられた言葉の意味は分からなかった。

 だが、嬉しそうな表情をしているので、喜んでいるのだろう。

 ふたりとも同じ年齢だ。

 ジュリアも武芸を嗜むので、嗜好が似ているのだろうか。


「そうか。よかったな! 綺麗だし、よく似合っているよ」


 ジュリアのセンスも賞賛に値する。

 本当によく似合っていた。

 やはり彼女にイシスを預けてよかったと思うジーグフェルドだった。


「ありがとう」


 イシスから戻ってきたのは満面の笑顔である。


「ジュリアもありがとう。頼んでよかったよ」

「恐れ入ります」


 彼の言葉に満足そうに微笑む。


『明日はイシスをどう飾り付けようかしら?』


 思いを巡らせるジュリアだった。




 そしてその夜。

 幸か不幸かシュレーダー伯爵家のカレルが、プラスタンスの部屋へとやってきたのである。

 そして彼からもたらされた情報により事態は急変する。


 朝食の際。

 ジーグフェルドと母プラスタンスが昨夜打ち合わせした内容を聞かされていた。

 カレルの出現はジュリアのイシス飾り付け計画を白紙にしてしまうのであった。

 せっかくの楽しみがなくなってしまう。

 姿を見た途端不機嫌になるのも仕方のないことであろう。

 もともとあまり好きではないので拍車もかかる。


 ジーグフェルドたちはカレルより報告を聞き終える。

 少し落ち着いたところで、彼は気になっていたことをカレルに聞いた。


「そう言えば。シュレーダー伯爵家にきたランフォード侯爵からの使者達はどうした?」

「ああ、あれか。ジーク達が出立して直ぐ。たたき起こして地下牢へと案内した」

「何だ! 生かしておるのか!? 相変わらず甘いな。ラルヴァ殿は」


 カレルの返答にプラスタンスが速攻で突っ込む。


「へっ⁉ じゃあ、ここに来た奴は……」


 ゴクリとカレルが生唾を飲み込んだ。


「屋敷の扉をくぐることなく、裏の林よ!」


 簡抜入れずにジュリアが告げる。


「げー! 非道い!」

「何だと⁉」


 抗議の声をあげたカレルに、プラスタンスが再び剣を構える素振りをみせた。


「おっとと!」


 彼は慌ててジーグフェルドの後ろへと逃げ込む。


「うわっ! よせ! オレまで斬られる!」


 自分の背後に隠れるカレルに、上半身を捩ってジーグフェルドが抗議する。


「ジークは斬られないだろう。庇えよ」


 いくらプラスタンスといえど、国王に剣を向けることなどしないであろう。

 しかもこんな些細なことで。

 しかし、幼き頃よりの刷り込みのせいか。

 彼女より身体が大きくなった今でも、怖いという気持ちが払拭することはない。

 昨夜も言葉でこてんぱんにやられただけに余計である。

 情けなくもお互いの背後を取り合っていた。


「全く……。そなた達は……」


 プラスタンスが呆れて溜息を漏らす。

 その様子をジッと見ていたイシスは笑っていた。


《立場的にはジーグフェルドが上のようだが……。違う意味での力関係は目の前にいるプラスタンスが一番強そうだ》


 そのことがとても可笑しい。

 口元を片手で押さえクスクスと笑う。

 その彼女の笑顔がとても可愛いと、その時ジュリアは思った。

 その後、イシスの隠れ持つ能力に心底驚かされることになるのだが。

 今はここまでとしておこう。

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