幕間

148話 ジュリアの野望【1】

「イシスの世話を、お願いできるかな?」


 食事を終えたジーグフェルドが、お茶の支度を指示していたジュリアに告げた。


「えっ⁉」


 彼が言った言葉の意味がよく分からず、少し困惑する。


「出会ってから今までずっと野外ばかりで。途中シュレーダー伯爵家とローバスタ砦には立ち寄ったが、一・二泊程度だったから。その、女性の身だしなみに必要な物とか、洋服などを揃えてやって欲しいのだ」

「まあ! そういうことでしたのね。喜んで」


 苦笑するジーグフェルドに、ジュリアは顔を綻ばせて喜んだ。

 親戚筋ファンデール侯爵よりもたらされた王宮内の不穏な動き。

 それを懸念した母プラスタンス。

 二ヶ月前より宮廷はおろか、領地内の町へも外出することも禁じられている。

 無論自分達を心配してのことだ。

 なので素直に従ってはいるが退屈な時間を持て余していた。


 そして起きて欲しくはないことが起こってしまう。

 ランフォード公爵の謀反である。

 父のジオと弟のエアフルトはファンデール侯爵に会うため、丁度王宮に出向いていた。

 だが、何日経っても帰ってこない。


「足止めされているのだろう」


 母プラスタンスは静かに怒っていた。

 そんなところへやってきたのはランフォード公爵からの使者二人。

 門前での横柄な態度が不機嫌だった母の怒りを煽った。

 屋敷にではなく裏の山林へと案内されてしまう。

 そんな暗い日々の中。

 やっと安否を確認することが出来た国王からの頼み事。

 嬉しくないはずがなかった。


「ありがとう。頼むよ」

「はい。お任せ下さい! 妹が出来たみたいで嬉しいわ」


 はしゃぎ出す彼女にジーグフェルドが再度苦笑する。


「おいおい。彼女はそなたと同じ年齢だよ」

「えっ⁉ そうなんですの?」

「ああ、容姿からは、とてもそう見えないけどね……」


 彼は顔を引きつらせた。

 彼女と会話を交わした最初の夜。

 年齢を聞いて驚き、指をさして暫し凝視した。

 そして彼は言葉が分からないはずのイシスに、食べ終わったウサギの骨をこつけられたのだった。


 身長はチェルシーと殆ど変わらない。

 強いて言うならイシスがほんの少しだけ低い。

 更に体型も似通っている。

 カレルはイシスのことを「小さいの」と言う。

 だが、彼女達は標準だ。

 彼やジーグフェルドが規格外にでかいのである。

 とはいえ、とても幼く感じさせる。

 顔のつくりと肌の色のせいであろう。

 十四・五歳にしか見えない。

 不思議なものだ。


 イシスに湯浴みをさせている間。

 ジュリアは彼女に着せる洋服を選んでいた。

 先ほどまで一緒にいたイシスの姿を頭に浮かべる。

 似合いそうなドレスを、自分のドレッサーの中から次々と引っ張り出していく。


 無論、今夜はもう遅い。

 今から着て貰うわけではなく、明日以降からになる。

 だが、用意はしておきたい。

 側で様子を見ていた乳母が、口をあんぐりと開けて驚くほどの熱の入れようであった。


「一体何着着せるおつもりなのですか⁉」

「えっ⁉」


 声をかけられて振り返ったジュリア。

 衣装掛けに並んだドレスの数に自分で驚いた。

 ゆうに一月分はありそうである。


「あ、ら……」


 彼女は顔を綻ばせ、少し恥ずかしそうに笑う。

 本当に嬉しくて仕方がなかったのだ。

 自分の下には弟エアフルトだけである。

 一番親しい親戚のファンデール侯爵家には、今まで従兄弟と信じていたジーグフェルドしかいない。

 シュレーダー伯爵家のカレルなど論外である。


 他にもアフレック伯爵家に親戚はいる。

 そこに再従姉妹はとこ達や、もっと遠縁の者達がいる。

 けれど、直系の自分に対して遠慮や気兼ねがあるのだろう。

 今ひとつ親しくなろうとはしてくれない。

 あるのは敬いの姿勢だけである。


 宮廷においても。

 伯爵家の中で古くから広大な領地を誇るアフレック伯爵家の令嬢。

 ということで、男女ともに取り巻きは寄ってくる。

 だが、色々なことを話し合えるほどの関係を築けるまでには至らない。

 それ故、仲良くなれたらとも思うし、大切にしたいとも思うのだった。

 その時ジーグフェルドが言った言葉を思い出す。


「あ。いけないわ。フリルは好きでないのだった……」


 丁度そこへドアがノックされる。

 女性の使用人がイシスを連れて入ってきた。


「お嬢様。お連れ致しましたよ」

「まあ!」


 チェルシーは思わず声をあげた。

 綺麗に拭いて貰っている髪は、まだしっとりと湿り気を帯び。

 顔にまとわりついている。

 イシスは頭を軽く降ってその髪を払い、ゆっくりとジュリアの方を向いた。

 長く真っ直ぐな美しい黒髪。

 白くはあるが、黄みがかった肌。

 自分の全く知らない、遠い異国の空気を持つ女性。

 そして意志の強そうな瞳に直視され、鳥肌が立つような気持ちを感じた。

 その直後、彼女に着せるドレスは決まった。

 白だ。

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