145話 真実の瞬間【10】
「そうです。一卵性の場合は、ひとつの卵子に一つの精子が受精し、その受精卵がふたつに分かれて出来るものです。当然ひとつの受精卵がふたつに分かれただけなので、血液型や性別、その人を構成する容姿、髪の色や瞳の色など、全てが同一です。そっくりの度合は、一般的にかなり高めとなります」
「まったく同じ姿がふたり存在するということですね?」
「そうです」
「なるほど」
「それに対し二卵性は、ひとつの卵子にひとつの精子が受精したものがふたつ。つまりは受精卵がふたつ、着床したもの。ふたつの受精卵なので、DNAは当然異なりますし、血液型も性別も異なる場合があます。男女の双子ならばそれは、間違いなく二卵性の双子ということになります。そっくり度合は兄弟・姉妹と同じくらい、という考え方がわかりやすいでしょうか」
「こちらは全く容姿が違うふたりが、双子として生まれる」
「なんとも不思議な……」
「そうですね。ジークの場合は後者でしたから、余計ややこしくなったのでしょう」
「イシス。それだけではない。容姿が違うにしても、髪の色はどうなるのだ?」
ジーグフェルドが質問してきた。
「髪の色に関してはね。こんどは隔世遺伝の話になる」
「隔世遺伝?」
「そう。隔世遺伝とは、個体の持つ遺伝形質が、その親の世代では発現しておらず、祖父母やそれ以前の世代から世代を飛ばして遺伝しているように見える遺伝現象のことなんだ」
「世代から世代を飛ばして遺伝……」
「肖像画をみせてもらった。その中に、六代前だったかな? 赤い髪の女性がいた。その方の特性がジークにだけ現れたってことなんだ。ただそれだけのこと」
「そんなに軽く言われると……」
ジーグフェルドは少し凹んでいるようだ。
彼の中ではとても重要なことだったからである。
「仕組みを知らない者からすると、一大事で異様なものかもしれないが。知識のある者からすれば、そんな程度なんだよ。仕方ない」
「イシス……」
「肖像画という記録があってよかったな。そうでなければ私ももっと手古摺ったかもしれない」
ジーグフェルドがイシスをジッと見つめる。
「だから。自信をもって。堂々としていろ!」
「ありがとう。イシス。本当に……」
涙目になるジーグフェルドの腕を、イシスがポンと軽くたたいた。
「理解できないし。納得できない方もいらっしゃるでしょうが。他にも証拠は十分で、疑いようはないと思います。以上で宜しいでしょうか?」
「大丈夫です」
「ありがとうございました」
これでジーグフェルドの偽国王疑惑は終結を迎える。
すると宰相モーネリーが安堵した表情で言った。
「さて。それでは再度神殿での儀式を行い、国中に周知徹底させましょう」
「えっ? またあれを行うのか?」
「左様です」
顔を引きつらせるジーグフェルドだった。
「凄く大変で。面倒なのだが……」
「何をおっしゃいます! 今度こそこの先なにも起こらないよう。願いを込めて行います!」
「…………」
そう言われると、言い返せない。
諦めるしかないジーグフェルドだった。
皆が笑いながら集まってくる。
本当ににこやかな表情をしていた。
それを見つめるイシスの表情も明るい。
一度自分の世界に還ることが出来た時。
もうこちらの世界に戻るのを止めようかとも考えた。
イシスが自分の故郷で目の当たりにした光景はあまりにも悲惨だったからだ。
それ故。
彼女がやらなければならない事は山積みであった。
どちらが大事で優先かと考えれば、答えは一目瞭然である。
所詮は違う世界の住人達。
深く関わるのは良くないことだと考えたのだ。
であるにも関わらず、イシスはそれを実行することが出来なかった。
彼女の心を引き留め動かしたのは、ジーグフェルドの別れ際の言葉である。
「戻ってきて、くれるのか?」
この言葉と、彼の表情が、心に焼き付いて離れなかったからだ。
また、色々ありながらも自分のことを受け入れてくれたこの世界の者たちを好きになていた。
『よかった。本当に……』
この世界での自分の役目は終わったと感じたイシスであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます