135話 勝利の予感【11】

「愚かなるランフォードの兵士たちよ。よく聞くがよい。我が名はイシス。陽神アヴァノスの娘」


 イシスの声が響き渡る。

 拡声器もないというのに、背を向けているジーグフェルドたちにもしっかりと聞こえてきた。

 美しいメゾソプラノである。


「我らが神殿にて定めたる国王を亡き者にせんとする私欲に満ちたる陰謀。我らが気付かぬと思っておるのか? この罪の代償必ずや払って貰うぞ。心当たりのある者は覚悟しておくがよい」


 そう告げ終わると一羽の鷲が勢いよく空へと飛び立つ。

 この鷲は浬である。

 同時に先ほどまで身体を覆っていた白い衣が風に吹かれ天高く舞い上がった。

 人々の目が鷲と布に集中する。

 そして再び塔の上へと視線を戻したときには誰も残っていなかった。

 周囲にいた全ての者たちには降臨した女神イシスが鷲に姿を変えて天へと帰ったように映ったのだ。


 実際には風が布を吹き飛ばすと同時に、布の中に隠しておいた浬を空へと放る。

 さらにイシス自身は塔の屋根の下へと滑り込んだだけなのだった。

 しかし、視線を逸らされた者たちには一切見えていない。 

 だから群衆に与えた神秘性は非常に高い。


 特にランフォード公爵軍の兵士たちに与えた衝撃は計り知れなかった。

 ヘナヘナと地面に座り込んだり、声なく茫然と立ち尽くす者たちが続出した。

 イシスの演説もどきの脅迫は見事に成功したのだった。

 戦意を失ってしまった兵士などもはや敵ではない。


 そしてその好機を見逃さなかったのは国王直轄最後の軍。

 王宮勤務の青の兵士たちであった。

 剣を振りかざして叫ぶ。


「全員突撃!」

「おお‼」


 青の兵士たちは城門を守っているランフォード公爵の兵士たちに襲い掛かった。

 ジーグフェルドたちがドーチェスター城に到着したと知り、攻撃の機会を窺っていたのである。

 彼らの活躍により城門の塔は呆気なく制圧された。


「なんか城壁の向こう側が騒がしいな……」

「何事でしょうね?」


 するとジーグフェルドたちの眼前で城門が開きだす。 


「‼」


 全員が剣を抜いて身構える。

 しかし、最初に出てきた人物に再び驚くのだった。


「陛下! お待たせいたしました! 中へどうぞ!」

「‼」

「スタンフォード!」


 青の軍司令官スタンフォードである。

 その後ろにワラワラと兵士たちがでてきた。


「陛下!」

「ジーグフェルド陛下!」


 口々にジーグフェルドの名を呼び跪く。


「陛下。この度の失態。まことに」

「ああ。そのことはいまはいいんだ。それよりも中はどうなっている?」

「承知致しました。どうぞお急ぎください」

「入れるのか?」


 司令官スタンフォードは立ち上がり中へと誘導する。

 ジーグフェルドたちは足早に進みながら説明を受けることにした。


「王宮の前まででしたら」

「立てこもっているということか?」

「さようです」


 ジーグフェルドはドーチェスター城へ到着してからずっと気になっていたことを尋ねる。


「この荒れようは一体どういうことなんだ?」


 カレルの報告とはあまりにも違い過ぎたからだ。


「ご覧になられた方が早いでしょうが……。先にひとつだけ申し上げるとしたら。全てはランフォード公爵一家がこの城へ到着してから一気に加速いたしました」

「どういうことだ?」


 意味が分からず戸惑うジーグフェルドの横でクロフォード公爵が声を荒げる。


「奴は。ペレニアルは一体何をしておるのだ?」


 いままで黙ってはいたが、相当お怒りであった。

 あのように荒れた場内を見せられたのだ当然だろう。

 外戚になっているとはいえ彼とて王家の一員。

 国内安定のため尽力してきたのだ。

 怒る権利はある。


「ペレニアル様は床に臥せっておられます」

「なに⁉」

「さらに申し上げますと。現在王座に座っておられるのは息子のサルディス様です」

「‼」

「なっ!」

「なんだって⁉」


 全員に衝撃が走った。



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