133話 勝利の予感【9】

「シノラ!」

「レオニス様! よくご無事で!」


 彼女は嬉しそうに駆け寄ってきた。


「あなたも無事で何よりです。ファシリア様はどちらに?」

「はい。ご家族用の居間にいらっしゃいます」

「ご無事なのですね?」


 この戦いのこと。

 さぞや心を痛めているだろうとレオニスは思った。


「それが……」

「?」


 侍女シノラの言葉に足早に廊下を歩くレオニスの心に不安の色が濃くなる。

 レオニスは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。





 兵士たちが緑と赤の郭を調べてまわる間。

 ジーグフェルドたちは一か所で待機していた。

 そこへレオニスにつけたファンデール侯爵家の兵士ふたりが報告にやってくる。


「申し上げます」

「どうした?」

「ファシリア様を保護致しました」

「そうか! こちらにいらしたのだな」


『レオニスのカンがあたったな』


「ここへ連れてきて、いや。まだ危険か。自分が行こう。案内してくれ。クロフォード公爵。あとをお願いします」

「承知致しました」


 内部をまだ完全に制圧してはいない。

 ジーグフェルドは指揮を任せて兵士の後についていく。

 イシスとカレルが一緒についていった。


 ランフォード公爵家の屋敷。

 家族用の居間へジーグフェルドたちは到着する。

 暗い部屋の中。

 暖炉の前のフワフワのカーペットに人影があった。

 座り込んでハラハラと涙を流しているレオニスだ。

 彼の側には同じく床に座っている女性がいる。


「ファシリア殿。ご無事か?」


 ジーグフェルドの声に女性の方がビクリと動く。


「陛下? ジーグフェルド陛下ですの?」


 振り向いた女性の姿に彼は衝撃を受けた。

 確かにペレニアル=ロウ=ザ=ランフォード公爵の娘ファシリアである。

 しかし彼女は両の目に包帯をしていた。


「ファシリア殿? これは一体?」

「陛下。ご無事でなによりです」

「ファシリア殿!」


 彼女は静かにほほ笑んだ。


「私の失態から、父の怒りに触れてしまいましたの……」

「どういうことです?」


 ファシリアはこの城内よりジーグフェルドへと密書を送ったこと。

 それを父親のペレニアル=ロウ=ザ=ランフォード公爵に発見されたこと。

 口論の末、剣で両目を横一文字に切り裂かれたことを告げた。

 レオニスの顔が真っ青に変わる。


「姉上……」

「ファシリア殿……」


 幸いなことに侍女たちの懸命な手当てにより僅かな炎症ですんだ。

 命に別状はない。

 しかし、彼女はなにも見ることは叶わなくなった。

 美しく咲き誇る花のような美貌に、白い包帯が酷く痛々しい。

 ジーグフェルドたちは言葉を失っていた。


「彼は……。自分の娘にも剣を振るうのか?」


 ジーグフェルドは跪き、ファシリアの手にそっと自分の手を重ねる。


「私の不徳の為に、申し訳ない……」

「何を仰います? 父の凶行を止めることが出来ず、誠に申し訳ございません。それでも私をお信じ下さり。またレオニスもお傍において頂き、感謝の言葉も……」


 ファシレアは言葉に詰まり両手で顔を覆った。


「ファシレア殿……」

「姉上……」

「申し訳ございません。ランフォード一族として、どのようなご処罰も謹んでお受け致します」


 ファシリアは頭を下げる。


「全てはこの一件が片付いてしまってからです。ご心配なさるな。私とて無慈悲ではございませんよ。生きていてくれてよかった」

「陛下……」

「レオニス!」

「は、はい!」

「兵をさらに10名置いてゆく。ファシレア殿の傍でお守りせよ」

「畏まりました」


 ジーグフェルドは立ち上がった。


「王宮へ急ぐぞ!」

「ああ!」

「分かった」


 後ろで控えていたイシスとカレルが間髪入れずに返事をする。

 そして屋敷を飛び出すのだった。

 周囲には夕闇が迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る