130話 勝利の予感【6】

 ドーチェスター城の城門をくぐったジーグフェルドたちはその光景に再度驚く。

 第一の白の郭全体が民衆と兵士入り乱れての対乱闘会場になっていたからだ。

 罵声や怒号や悲鳴。

 兵士の剣に対して民衆の鍬や斧での戦いが繰り広げられている。


「どうなっているんだ?」


 困惑するジーグフェルドたち。

 イシスが再び呆れ顔になり、ジーグフェルドの腕をつつく。


「止めてやれよ」


「あれを? どうやって?」


「ああ⁉」


 真剣なジーグフェルドに対しイシスの眉間に皺が寄る。

 彼女はひとつ溜息をつく。


「こうやるんだよ!」


 そういってイシスは群衆に向かう。


「静まれ! ジーグフェルド国王のご帰還だ! 静まれ‼」


 彼女の大きな声に周囲にいた者たちが一斉にジーグフェルドの方を向いた。

 こんな時。

 彼の赤い髪はよく目立つ。


「陛下だ……」


「本当だ!」


 その声は速攻で周辺へ広がっていく。

 気付いた者たちから跪いていくのだった。

 民衆は跪くが、ランフォード公爵の兵士は一転して逃げの体制をとる。

 それをファンデール侯爵家の兵士が取り押さえた。

 この光景にイシスは口笛を吹く。


「気持ちいい。やってみたかったんだよね」


「…………」


 ご機嫌のイシス。

 その隣で何とも言えない表情のジーグフェルドだった。

 だが、彼女と問答をする暇はない。

 この事態を把握する方が先である。

 ジーグフェルドは馬上から全体に向けて質問する。


「この状態は一体どうしたのだ?」


 すると一人の男性が進みでてきた。


「陛下。ご無事のご帰還何よりでございます。自分は第三区画のまとめ役ターナーと申します。」


「城を留守にして、すまなかった。それで?」


「はい。我々はランフォード公爵の兵士たちの無体な振る舞いに耐えかねて、本日決起致しました」


「無体な振る舞い? 何があったのだ?」


 ジーグフェルドの問いに、いくつもの声が上がる。

 飲食店での無銭飲食。

 店舗や住居の破壊。

 品物の強奪。

 妻や娘を強姦された者たち。

 夫や親を殺害された者たち。

 怒りや悲しみにはキリがなかった。


「…………」


 ジーグフェルドは胃が痛くなってくる。

 しかし、へたるわけにはいかない。


「それで。そなたたちはどうしたいのだ?」


「!」


 民衆は驚いた。

 国王と直接話せるだけでも凄いことだ。

 民衆は処分覚悟で起こした決起行動だった。

 なのに先の希望行動を問われた。

 先ほどのターナーが恐る恐る答える。


「この騒動の処分は受けます。ですが! お許しいただけますならば、その前にどうか奴らを殺させてください! そのために立ち上がりました‼」


 死を覚悟している彼の目にはなみだが光った。

 握った拳が怒りで震えている。


「そなたには何があった?」


「店を壊され、金品を強奪され。……自分の知らない場所で娘が強姦されて、あげく自殺しました……」


「‼」


「どうしてもそいつらを許せません!」


「そうだ! そうだ!」


 周囲のものたちも声を出す。

 ジーグフェルドに睨まれたランフォード公爵の兵士たちはバツが悪そうに下を向いた。


「そうか。分かった。引き渡そう。好きにするがよい」


「‼」


 彼の言葉に全員が驚いた。


「宜しいのですか……?」


「己の行いの責任はとってもらう。取り調べなどもそなたたちに任せる。ただし、殺したり晒したりするのは、城壁の外で行ってくれ。それだけだ」


「あ、あああ。ありがとうございます!」


 民衆が地面に額を押し付けて感謝する。

 その光景をジーグフェルドは苦い気持ちで見つめた。

 全ては自分の至らなさだと思っているからだ。

 彼は声をはりあげる。


「此度のこと。私の至らなさが招いてしまった。本当にすまない! ランフォード公爵たちは必ず打ち取る。もう暫く耐えてくれ!」


「陛下!」


「ジーグフェルド陛下!」


 民衆からのジーグフェルド陛下コールを受けながら国王軍は第二の黄の郭の城門へ向かった。

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