128話 勝利の予感【4】

 翌朝から国王軍はドーチェスター城へ向けて進軍を開始した。

 途中に阻む敵はいない。

 なんとも気持ちの良い進軍となった。


 街道を進軍している国王軍は夕刻にさしかかる。

 天幕があちこちに張られ、夕食の支度が慌ただしく行われた。

 夕食といっても進軍中である。

 振る舞われるものは保存のきく簡単な食事だ。

 だが、兵士達にとって唯一の楽しみな時間である。


 そんな中でも国王や将軍達のためにはできるだけ豪華な食事が用意された。

 食事が出来るまでの間、先に軍議を行うため皆が簡易天幕によばれる。


「済まんな」


「いや」


 現れたイシスとジーグフェルドが軽く言葉を交わし議題に入ろうとした。

 その時。

 天幕の横にドサリという音と共に大きな影が舞い降りた。


 国王軍は明るいうちは斥候を出さない。

 代わりに鷲の浬がその役目を果たしてくれている。

 天空高くから遥か遠くを見渡せる浬の目は実に便利な監視役となっていた。

 無論それはイシスがいるときに限ったことである。

 彼女しか浬とは会話が出来ない。

 浬の方もイシス以外には懐いていないからだ。

 その浬がなぜか降りてきた。


〈浬。なにも問題はないか?〉


 音のした方を振り向いたイシスが瞬時に固まった。

 なんと浬はその足に野ウサギを一羽捕まえていたのである。

 しかもまだ生きていた。

 イシスの拳が震えだし怒鳴り声が周囲に響きわたる。


「浬‼」


 会議に集まっていた者たちがビックリした。


〈私の目の前に生きてる動物を持ってくるなと、あれほど言っておいたじゃないか!〉


 イシスの剣幕に浬の身体が半歩ほど引いて逃げ腰になる。

 だが、その足は捕ってきた獲物にしっかりとかけたままだった。

 浬にとっては至って自然で当たり前のことだ。

 しかし、動物と言葉が通じ合うイシスは自分の目の前での殺生をひどく嫌う。

 故に浬にも目の前での狩猟を禁じていたのだった。

 なのに本能には逆らえなかったとみえる。


〈だって美味しそうだったんだもん〉


 浬が反論する。

 同時にイシスの耳には瀕死の野ウサギの声も聞こえた。

 彼女の全身に鳥肌が立つ。


〈浬!〉


〈ギャ!〉


 浬は一声叫ぶと羽ばたいて空へと舞い上がった。

 その際に野ウサギをしっかり持って行くあたりはチャッカリしている。

 しかし、イシスには通用しなかった。


〈風よ。捕まえて〉


 彼女は両手を広げて浬の方へ向ける。

 すると一陣の風が巻き起こり浬へ向かって襲い掛かった。

 風に絡め取られ失速した浬はイシスの腕の中に落ちてくる。


〈お・か・え・り〉


 ニヤリと笑うイシス。

 浬から「ひぃぃ~」と声が聞こえたような気がする。

 野ウサギは完全に息絶えていた。


〈まったく。無駄なことを……。罰としてお肉を少しアーレス殿のために貰うからね〉


〈ギャァギャァ!〉


 浬はどうやら抗議しているようだ。

 しかし周囲の者たちにはどちらの言葉も理解できない。

 だが、お互いに意思の疎通は成り立っている。


「全くもって不思議な娘だ」


「そうですね」


 クロフォード公爵の言葉に対し、隣にいる孫息子のイズニックが答えた。

 

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