125話 勝利の予感【1】
北東カノーバ砦の軍勢と合流した国王軍は大いに賑わっていた。
これで国王直轄である4つの砦全てがジーグフェルド側に付いたことになるからだ。
砦の司令官が国王として認めたのは彼ということになる。
「よくきてくれた」
ジーグフェルドは笑顔で迎えた。
「遅くなり申し訳ございません。北東の貴族たちが進軍を邪魔しておりました故、進めませんでした」
「そうだったのか」
「はい。陛下が蹴散らして下さったおかげで、すんなり進軍できました」
カノーバ砦司令官ヘックロティーは笑顔を見せる。
「ははは。それはなによりだ」
ジーグフェルドも再び笑う。
「だが、北東域連合軍を殲滅できたわけではないからな……」
「ここからは我らカノーバ砦が見張っておきます。安心して進軍ください」
「分かった。そうしよう」
ファンデール侯爵という人質もいまはない。
北東域の貴族たちも心配することはなくなった。
ドーチェスター城へ心置きなく進軍できる。
ジーグフェルドの心は少し晴れた。
その日の昼過ぎ。
イシスによって強制睡眠状態にされていたジュリアが目を覚ました。
だが、ショックをまだ引きずっている。
放心状態であった。
プラスタンスとジオが心配そうに側で見つめる。
そこへ知らせを受けたイシスがやってきた。
ベッドの上で上半身を起こしたまま動かないジュリアを見つめる。
「…………」
「イシス殿……」
「起きてからこうなのですか?」
「そうです」
「一言もしゃべらず。どこをみているのかも分からないような状態です」
「そうですか……」
イシスはジュリアの側に行く。
「ジュリア。そんなに悲しいのだったら、エアフルトのことを忘れさせてあげようか?」
ジュリアの指がピクリと動く。
そして、ゆっくりとイシスの方を向くのだった。
「忘れる……?」
「そうだ。永遠に忘れるんだ」
「どういうことです?」
プラスタンスが横から質問する。
「彼女の記憶からエアフルトの部分を全て消してしまうんですよ」
「‼」
その場にいる全員が驚く。
「そんなことができるのですか⁉」
「ええ。部分的に削除できますから。どうする? ジュリア」
「…………」
彼女から返答はない。
答えられないのかもしてない。
『ジュリア……。ならば少し荒くしてみるか』
イシスはジュリアの額に右手を伸ばした。
ジュリアの身体がビクリと動き、反射的にイシスの手を振り払う。
「いや! やめて!」
「ジュリア!」
その行為にプラスタンスが慌てて叫ぶ。
しかし、そのおかげかジュリアの目に光が戻った。
きつくイシスを睨みつける。
「どうしてそんなひどいことをいうの? エアフルトは私の大切な弟よ! 存在を忘れて、消してしまうなんてできないわ‼」
対峙しているイシスはいたって冷静であった。
「ジュリア。よく言った」
「イシス?」
「死んでいった者は、人の記憶の中か遺品でしかその存在を証明することができない。また残された者たちはそれらを大切にしてあげる必要がある。それが歴史を積み重ねるということだから」
「イシス殿……」
「自分が悲しいと言ってそれを放棄するのはお勧めしない」
「じゃあ何故?」
「あまりにも悲しみや苦しみが長びけば、人は精神を病んでしまう。そうなると普通に日常生活が送れなくなってしまう。それよりか忘れた方がいいからさ」
「イシス……」
「エアフルトのことを忘れない方を選んでくれてありがとう」
「‼」
「イシス殿。それはアフレック伯爵家の者としての務めです。貴殿にお礼を言われることでは……」
「記憶がなく。そちらにお世話になっている間。彼にもよくして頂きました。感謝してます。私は彼が大好きでしたよ」
イシスの言葉にジュリアが泣き出す。
やっと涙がでるのだった。
イシスはジュリアを優しく抱きしめる。
「泣きたいだけ泣いてしまうんだ。そうしたらエアフルトのためにも心強くあって。そして幸せになるんだ」
「イシス……。ありがとう……。私忘れない。エアフルトのことを忘れないわ。そして立派な当主になってみせる。お母さまのように!」
「そうだ。ジュリア。それがエアフルトへの供養につながる」
ジュリアが次期アフレック伯爵当主としての道を歩む最初の試練が終わった。
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