124話 静かな夜【16】

「心優しい男だったよ……」


「イシス?」


 ジーグフェルドの腕の中、イシスは天を見上げ目を閉じて思い出に耽った。

 それは記憶がなくアフレック伯爵家で身の回りの世話をして貰っていた時の事である。


 生活の殆どをジュリアと共に行動していた。

 だが、時折一人になっていると、どこからかエアフルトが現れて色々と声をかけてくれたのである。


「大丈夫かい?」


「?」


「何かあったら言ってね」


 その時は、彼が何と言っているのか分からなかった。

 しかし、気持ちだけは伝わってきた。


 言葉が理解出来るようになった時。

 エアフルトがかけてくれていた意味が分かる。

 彼の言葉には労りが、眼差しには優しさが溢れていた。


 常に姉ジュリアのオーラに押されていた。

 陰に隠れるように存在していたエアフルトであった。

 だが、イシスは彼を認めていたのである。


 肌の色も違う。

 言葉も通じない異端児である自分。

 そのことを気味悪く思うことなく。

 ただひたすらに見守り、優しさをくれていたことに。


 そのことに感謝する。

 哀悼の意を持った。

 そして彼の魂が安らかに天へと召されるようにと、歌を歌っていたのであった。


「その……。もうひとつ要件があってな……」


 ジーグフェルドの滑舌は酷く悪い。

 とても言いづらそうである。

 それもそうであろう。

 こちらも、昼間の一件であるのだから。


 言いづらいが放置するわけにもいかない。

 そんなジーグフェルドの心境を察したのか、イシスの方が口を開いた。


「クロフォード公爵のことだろう?」


「イシス……」


「分かっているよ」


「その……。何と言ってよいのか……」


「確かに。私は無礼を承知で暴言を吐いた。その点の非礼は、最初から承知でのことだ。あの一件をどうせ説明したとしても、彼らには到底理解できないことだし。私も理解して貰おうとは思っていなかったからな。くだらないことで押し問答をしている時間も惜しかった。後で謝罪はするつもりだったから、心配するな。」


「ありがとう。イシス」


「だが、忘れるな。先に侮辱したのは彼の方だぞ」


「分かっている。俺もそれを許す気はない。あれは俺に対する侮辱でもあるのだから」


「?」


「そなたは俺の……。いや、我が軍の軍師だ。そなたなしでは今の自分はあり得ない。どれほどそなたに助けて貰ったことか知れない。本当に感謝している。俺は絶対的にそなたの言葉を。そして行動を信じる。絶対にだ!」


「ジーク……」


「だから、そなたを傷付ける者を許さない。そなたが謝罪するのであれば、彼にも同様に行って貰う」


「!」


 ジーグフェルドの決意であった。


「…………。ありがとう。ジーク」


 イシスの目にうっすらと小さなものが光る。

 残念ながら。

 後ろから彼女を抱きしめている彼は見ることができなかった。


 その静かな夜。

 ふたりだけの安らかな時が永遠に続けばと願うジーグフェルドだった。

 空には無数の星たちが光輝いていた。


 翌日。

 新たな軍が、国王軍へとやってくる。

 北東カノーバ砦の軍勢であった。

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