121話 静かな夜【13】

 北東軍との戦が一旦終息を迎えた時。

 代価となった残骸が多数残る大地。

 血まみれになり絶命したエアフルトを抱きかかえ、己の身体で必死に守っているジュリアの姿があった。

 二人の側では彼等の愛馬が、主を守ろうと賢明に壁を作って立っている。

 その姿は悲しいくらい健気であった。

 幸いなことに馬に怪我はないようである。


「エア、フルト……」


 最前線より戻ったプラスタンス。

 この光景に、それ以上言葉を続けることが出来なかった。


「…………」


 ジオもただただ呆然と馬上より見つめるだけである。


 戦のために集められた集団。

 その中には経験豊富で慣れている者。

 そうでない者がいる。


 また季節や場所が異なれば戦況は全く違ってしまう。

 条件は同じであっても、相手が異なればまた違う戦況が生まれる。

 絶対に同じ状況などあり得ないのだ。


 経験があるなしはあまり関係ないのかもしれない。

 何故なら。

 ベテランだから。

 素人だから。

 で、戦況や相手が手加減してくれるわけではないからである。

 生死を分けるのは本人の持ち合わせている運のみであった。

 運命とも言える。


 エアフルトの運命はここまでだったのだろう。

 だが、あまりにも悲しい運命である。


 ジュリアは半狂乱になっていた。

 だが、その目に涙はない。

 ほんの少し前まで元気でいた弟。

 エアフルト。

 彼女の心の中は哀しみと後悔で押し潰されそうである。


『言わなければよかった! 言わなければよかった‼ 「家督は譲らない」だの。「この戦で武勲を挙げてみせよ」だのと言わなければ! エアフルトはこんな行動を起こさなかったかも知れない! そして、死ぬこともなかったかも‼』


 全てが自分のせいだと思えた。

 そんなジュリアにイシスはそっと近づき、彼女の額に優しくキスをする。

 その途端。

 ジュリアは意識を失い、ゆっくりとイシスの腕の中に倒れこんできた。


「一体、何を……?」


 心配するプラスタンスにイシスは切なく笑いかけた。


「心配しなくとも大丈夫ですよ。このままではジュリアの心がもたない。眠りのまじないをかけただけです。朝までは起きないでしょうから、このまま天幕へと連れて行かれよ」


かたじけい……。感謝します……」


 力なく答えるプラスタンスの顔は陶磁器のように白かった。

 ジュリアを受け取ろうとジオが馬から降りてきた。

 イシスはそっと彼女の身体を渡す。

 そして、二人に一礼する。


「心より、お悔み申し上げる」


 その途端。

 プラスタンスが耐え切らず地面に泣き崩れた。


「プラ……!」


 ジオが慌ててプラスタンスへと手を伸ばそうとする。

 だが、ジュリアを抱いている為、叶わなかった。

 そんなプラスタンスの側へイシスが跪く。

 寄り添うように彼女の肩へとそっと手をまわした。


「無力ですまない……」


 そう呟いた。

 ファンデール侯爵夫人レリアの時もそうであった。

 生ある者の傷は治せても、イシスには死者を生き返らせることは出来ない。

 それは神の領域である。

 どんなに不思議な力を与えられてはいても、所詮は人間。

 神の領域に踏み込むことは許されないし、その様な力は持ち得ていない。


「何を申される⁉ 貴殿はずっと陛下の側で、尽力されていたではないか。これ以上何を望む?」


「しかし、側にいれば防げたかもしれない……。もう少し彼らの方に配慮していれば……。そう思うと、不甲斐なく……」


「これがこの子の、運命だったのです……」


「ジークを責めないでくれて、ありがとう」


「この怒りを向けるべきは、ランフォードです」


「いや。違う! 俺の、せいだ……」


 顔面蒼白で立ち尽くしていたジーグフェルドが、やっと言葉を発した。


「俺の……」


「ジーク……」


「陛下のせいでは御座いません‼」


「しかし!」


 ジーグフェルドは自責の念に駆られ、更に言葉を吐く。


「もともと王位など望んでいなかった! それなのに……」


「それ以上は言うな! ジーク!」


 イシスが怒鳴った。


「イシ、ス……」


「それは、ここにいる者全てへの裏切りだぞ!」


「そんなつもりは……」


「もう天幕で休んでいろ」


「イシス……」


「そして……。明日の朝までには、もとに戻ってくれ」


 イシスのきつい言い方に傷ついたジーグフェルドだった。

 だが、今の一言で彼女も深く悲しんでいるのだと感じる。


「善処する……」


「カレル。付いて行ってやってくれ」


「ああ。分かった」


 クロフォード公爵と孫のイズニックはこの様子をじっと見つめていた。

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