120話 静かな夜【12】

 戦は国王軍の圧倒的優位で進んでいた。

 窪地に潜んでいた兵士達。

 森林に隠れていた兵士達。

 その殆どが煙によって死に至るか、意識を失い倒れていた。

 生死を見極め、生きている者のみ捕縛していく。


 森林から山へと逃げた兵士達も、殆どが戦意を喪失しているだろう。

 放った炎は窪地の部分で止まっている。

 その先へは僅かに飛び火している程度だった。

 消火作業は簡単に済んだ。

 森林まで焼けずに済んだのは幸いなことである。


 生きている敵兵の捕縛作業を行っていた国王軍は、倒れている兵士達の数の多さに驚くのだった。


「こんなに隠れておったのか……」


「開戦前には全く分からなかったぞ……」


「斥候からの連絡もそうであったし……」


「平地故の盲点ですな……」


「全くだ……」


「あのまま中央突破で進んでいたら、大変な目に合っていたであろうな」


「何という事であろう! あの異国の娘の言う通りだった……」


「…………」


 クロフォード公爵周辺の貴族達からは驚きの声が上がる。

 開戦前にイシスと派手に口論したクロフォード公爵に至っては、完全に沈黙してしまっていた。

 いや、あまりの衝撃に声も発せないと言った方が正確かもしれない。


 そんな中。

 プラスタンスがいる集団に突っ込んでくる一団があった。

 先ほど北東軍と対峙した際。

 その右翼に布陣するプラスタンス率いるアフレック伯爵軍。

 彼らのほぼ真正面にいた一団である。


「‼」


 煙を逃れて彼女の方へと五百名ばかりが馬を走らせて来るのであった。

 プラスタンスの周囲を守っている兵士達と斬り合いが始まる。

 その合間をくぐり抜け、恰幅の良くなった男が剣を振り下ろしながら怒鳴る。

 約十八年前の因縁の相手である。


「卑怯な作戦をとりおって!」


「フン! これも戦術のひとつであろう!」


 その剣を払いながらプラスタンスが鼻先で嘲るように笑う。


「まともな戦は出来ないのか⁉」


「敗者の吐く言葉だな」


「このっ‼」


 男からすれば、いつまでたっても憎々しい女であった。


「そんなに我が妻のことを思っていてくれて、ありがとうよ!」


「何⁉」


 直ぐ近くで聞こえた声に振り向いた彼の首が大きな弧を描いて空へと舞った。

 少し離れた場所にいたジオが、彼女の苦戦に気付いて助けにきていたのである。

 首から真っ赤な鮮血をまき散らし、ゆっくりと馬上より男の胴体は大地へと落ちていく。

 ジオの接近に全く気付かなかった男の最後であった。


「ふう……」


 押されていただけに助かった安堵感から、小さく息を吐き出したプラスタンス。

 そんな彼女に対し、止せばいいのに余計なことをジオは告げる。


「約二十年越しの思いか~……。もてるね~」


「ジオッ‼」


 血気盛んな若い頃の出来事だ。

 とはいえ。

 人によっては一生忘れられない記憶となるのだとプラスタンスは思った。


 そして、更なる悲劇が彼らを襲うことになる。

 本当にそれは一瞬の出来事だった。


 生死をかけた戦いが繰り広げられている喧噪な場所から切り離された高台。

 そこでジュリアやエアフルトを含めた貴族の子供達が戦局を見守っていた。

 父親達と一緒にジーグフェルドの元へと赴きはした。

 だが、実戦には参加させて貰えない若年の者達である。


 個々に残しておくのは危険であると考えた親達。

 安全な場所に子供達を集めたのだ。

 その周辺に警備兵を配して更に安全を確保していた。


 そこから戦況を見ていたエアフルト。

 母プラスタンスの一団に敵軍が一気に駆け寄る姿を発見する。


「母上っ!」


 エアフルトは思わず馬の腹を蹴り、戦場へと走り出したのだった。


「ダメよ! エアフルト! 戻って‼」


 彼の行動に驚くジュリア。

 叫びながら彼の後を追い、二人が集団より飛び出した。


「お二人ともいけませんっ! お戻り下さい‼」


 更に、二人を守るため側にいたアフレック伯爵家の従者五名。

 慌てて馬を走らせる。

 エアフルトは母の姿のみを追い馬を走らせた。


『間に合って! 無事であって!』


 彼は必死であった。

 エアフルトが今ここから向かったとしもこの距離である。

 何かあるならば間に合うはずもない。

 どうなるものでもない。


 それでも母親の危機を目にし、思わず身体が動いてしまったのだ。

 それを攻めることは誰にもできない。

 結果。

 そのことが吉と出るか凶と出るかは、それぞれが持って生まれた運命次第であろう。


「エアフルトッ‼」


 馬の嘶きや人の声に混じって、ジュリアの声が聞こえた。

 聞き慣れた声に向かって視線を移動させたエアフルト。

 その首に真横から弓矢が突き刺さった。

 鮮血が散る。


「あね、う、え……」


 彼が最後に見たもの。

 それは、弓矢飛来する戦場で馬上から必死に自分へと手を伸ばし駆け寄ってくる姉。

 ジュリアの姿であった。

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