117話 静かな夜【9】
きっと司令官補佐アラム=ソア=デ=ダーウィンズに任せて、というか押しつけているのだろう。
命令された時の、引きつった彼の表情が目に浮かぶ。
しかしその任務よりも、ここにいる彼等の気持ちを何とかする方が重要であると考えての行動だった。
今から命をかけた戦いを行うのだ。
全員が気持ちをひとつにして死や敵兵への恐怖にうち勝たなければならない。
一握りでも異なる者がいれば戦いの途中。
恐怖心から指揮官達の命令とは裏腹に敵に背を向け逃げ出す。
そして、その様子を見た周囲の兵士は、自軍が負けているのだと錯覚し同じ行動を取り出す。
そこからはアッという間に負の連鎖が始まり、瞬く間に全体へと伝染してしまうのだ。
結果、勝っている戦いであったのに、負けてしまうという悲惨なことになる。
それは何としても避けなければならない。
メレアグリス国守りの要。
東西に二つずつ配置され、計四つ存在する砦のひとつである北西のローバスタ。
そんな場所で長年働いてきた彼だけに、よく分かっているのだ。
時間に追われ、ジーグフェルドが出来なかった部分を、バイン司令官はさり気なくフォローしてくれたのである。
そして、例え平民出身とはいえ、その司令官という地位と力は大きなものだ。
加えてジュリアとカレルと司令官バインの三名。
難攻不落と謳われたバーリントン伯爵城を陥落させた英雄である。
しかも、ジーグフェルドとイシスを含めた僅か五名という少人数でだ。
彼等とて、この事実を耳にしていないわけではないので、功績に対する高い評価は無視できない。
しかし、だからこそ妬心から余計に反発も生じるのである。
残っていた大半の者は表情が芳しくない。
そんな彼等に対し最後にトドメの一言を告げたのは、何とモンセラ砦司令官シルベリーであった。
「敵が目の前に迫っているのに、何をしてあるのです? 勝ち戦で敗走するおつもりか?」
彼の登場に司令官バインとジュリアが驚いて、一瞬身体をビクリと震わせる。
「貴公までも、ここにいたのか……?」
とっくに自分の陣に戻って指揮をしていると思っていたので、かなり心臓にきたのだ。
そんな二人とは驚き方が違っているカレルであった。
目を大きくしてポツリと呟く。
「真昼の蝋燭が、まともに喋っている……」
約二年前。
カレルがモンセラ砦に副司令官として二年間勤務していた時。
司令官補佐の任に就いていたのがこの司令官シルベリーであった。
しかし、その言葉通り。
まるで丸太を思わせる体躯とは裏腹に存在は薄く。
性格は至って分かりづらかったので真昼の蝋燭と称したのである。
喋っているのを始めて聞いたような気もした。
そんな三名の驚きとは別。
南西に歴史を持つシルベリー伯爵家次男である彼の発言は大きな力となったのだ。
同じく南西方面に領地を構えるクロフォード公爵が声をあげる。
「我々はランフォードの所業を許すまじとここに集い。戦をしようとしておるのだ! そして敵は目の前! さあ、行こうではないか‼」
「おおっ‼」
彼の一声で大きな歓声が起こり、皆の気持ちが敵へと集中し出す。
ご老体とはいえ流石はクロフォード公爵である。
その様子にひとまず安堵する四名であった。
そして、その直後。
諍いが起きていた時は全く無くなっていた風が自分達の真後ろから吹きだしたのである。
イシスの予言通りになった。
更にそれは徐々に強さを増して行く。
「火矢を放てっ‼」
号砲のようなジーグフェルドの一声と同時。
限界まで引かれていた弓が一斉に放たれた。
敵軍の前付近に飛来した矢は風の勢いを受け、周囲を瞬く間に炎に包んで行く。
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