116話 静かな夜【8】

 そんな彼をイシスはジッと見守る。

 彼女だけではない。

 カレル、ジュリア、プラスタンス、ラルヴァ、司令官バイン達も、ジーグフェルドの一言一句を慎重に聞いた。

 心の奥で思っていたことを指摘され、気まずく俯く者達があった。


「…………」


 それはクロフォード公爵の胸中も同じである。

 甥であるランフォード公爵の行いには大いに反対であった。

 かといってジーグフェルドのことを全面的に信用しているかと問われたら。

 答えは否であった。

 彼の心の中でも、まだまだ完全には消化しきれていない事柄なのである。

 しかし、幸いなことにこの場を離れる者はいなかった。


『よかった……』


 表情にはださなかったが、ジーグフェルドは心の中で大いに安堵する。


 一度は貴族達も何とか納得した戴冠式。

 本人にとっては無理矢理であったが王座に就いた。

 なのに一番安全であったはずの城から追われるという失態を演じた。

 そして此度の内戦となってしまう。


『ローバスタ砦から参戦を要請した時、一部以外の貴族達はなかなか直ぐに動いてはくれなかった。伯母上の城で怒りにまかせて口にした言葉……。しかし、それを実行するのはとても勇気が必要だったし、なんと大変なことなのだろうと重圧を感じずにはいられなかった』


 そんな彼の心を救ってくれたのは、ファンデール侯爵アーレスとレリアを無条件で信じてくれたラルヴァやプラスタンスの言葉であった。

 更には、自分が守りたい感じたイシスに出会ったことである。

 無論、両親だと信じていたファンデール侯爵家の二人や領土も当然そうではある。

 だが、イシスの存在はそれらと全く違い、ジーグフェルドをより一層強くしていた。

 そして、誰も退場しなかったことを踏まえた上で彼は続ける。


「それから。イシスのことを快く思っていない者がいるようですが。彼女はわが軍の軍師です。贔屓目ではなく。彼女がいてくれたからこそ、今現在の状況まで巻き返すことができたのだ。それは紛れもない事実だ! 軽んじたり、異国の娘などと蔑視することは断じて許さん! そのこと呉々も忘れぬように!」


 決定的な一言であった。

 彼の言葉にイシスは小さく唇を噛みしめ涙ぐむ。


 記憶もなく。

 言葉も通じなかったこの世界。

 最初に出会い、共に行動することが出来たのがジーグフェルドで本当によかったと思う。


「発言の沙汰については、戦の後に行います。今は開戦前なのですから! 急いで油壺と火矢を前線の兵士達に配備しろ! 完璧でなくてよい! 急げ! 敵はのんびりと待っていてはくれないぞ!!」


「畏まりました!」


 ファンデール侯爵家の者達が中心となり、彼の元から勢いよく散っていく。

 そして伝令や準備に走り回る。

 国王軍と称したが、その中心はやはりジーグフェルドの実家とも言えるファンデール侯爵家の者達なのだ。

 慣れ親しんでいる彼らだけに非常に心強い。


 それに負けじと右翼を守るアフレック伯爵家のプラスタンス。

 そして左翼を守るシュレーダー伯爵家のラルヴァが兵士達に命令を飛ばす。

 本当に心強い味方である。


 クロフォード公爵はまだ自分の軍勢が到着していなかった。

 そのため孫息子のイズニックと供に、取り巻き達の軍勢を纏め指揮をするよう手配されていた。


 公爵である彼を二度にわたってバカと呼んだイシス。

 ジーグフェルドが即座に何も咎めなかったのは気に入らない。

 また納得のいく打ち切られ方ではなかった。

 しかし、何となくではあるが彼は漠然と、この戦に対し明るい兆しを見出していた。


『彼が玉座に就いてからずっとみてきた……。その間ずっと、全てにおいて何かしら遠慮がちで。自信なさ気というか、地に足が着いていないというか……。ひと吹きすれば飛んでいきそうな晩秋の葉っぱのようで、王として不安だったが。いま、一本芯の通った大きな大木のようになってきている』


 そのことが不満以上にクロフォード公爵の心を明るいものにしているのだった。

 そして、孫息子イズニックの表情にも僅かながら笑みが浮かんでいる。

 祖父の気持ちが分かったのか、それとも同じことを感じたのか。

 なんにせよ負の感情はなくなっていた。


 だが、クロフォード公爵の取り巻き達はそうはいかない。

 まだ不満を口々に呟いている。

 そんな彼等に近寄り、最初に声をかけたのはジュリアであった。


「大丈夫ですよ。陛下とイシスをお信じなさいませ」


 そして、それに続いたのはカレルである。


「そうですよ。決して無謀な作戦ではありません」


 普段の彼からすれば、かなり大人しい物言いであった。

 本当ならばもっと言ってやりたいところである。

 だが、様々な活躍からというレッテルが大きく貼られてしまっている。

 その為、周囲からの嫉妬の眼差しがとても痛い。

 ここは強く出ない方が得策だと考えたのだ。

 そんな彼の後方から、更なる援護があった。


「きっと我々が負け知らずな理由が分かりますよ」


 ローバスタ砦の司令官ヴォッシー=バインである。

 各陣の司令官達が指揮のため戻ってバタバタしている中。

 いまだこの場に残っていたのだった。

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