113話 静かな夜【5】
「ではイシス。どうしたらいいと思う?」
ジーグフェルドはふたりの会話を全く聞いていなかったのである。
彼の頭の中は既に戦闘方法へと切り替わっていたのだ。
「そうだね……」
イシスも直ぐに頭を切り替え対応した。
彼女は周辺の地形と上空を交互に見つめ策を考える。
その上空では鳥達が何やら盛んに囀りながら、後方の草原から森へと飛んで行った。
「火矢を放つのはどうだろうか?」
「火を?」
今現在。
風は自分達の右舷から緩やかに吹いている。
このままの風向きであるならば、現在地よりもう少し右へと移動し、風上を確保すればよい作戦であると思える。
「へ、陛下! それはお待ち下さい!」
意義を申し立てたのは、やはりテュービンゲン伯爵であった。
「何だね? テュービンゲン伯爵」
「はい。恐れながら、その作戦には賛成致しかねます」
「何か問題があるのかね?」
「大ありです……」
「そうです。自殺行為です。陛下」
テュービンゲン伯爵の隣からも、顔を真っ青にしたブロッケン伯爵が意見する。
「?」
地の利がある二人が揃って反対意見を述べる。
首を傾げるジーグフェルドだった。
二人の伯爵は侮蔑の表情でイシスを一瞥する。
心の中では彼女の発案した作戦を安易に受け入れようとしたジーグフェルドにも不安と不満を募らせていた。
『やはり戦経験のない若者達が行う安易な作戦か……』
そして、つい先ほどまで右舷から吹いていた風は、ピタリと止んでしまっている。
「陛下。ご覧の通り、この時期の風はとても変化しやすいのです。特に晩秋の風は、敵がいる北からよく吹きます。山を越えてくる吹き下ろしには注意しなければなりません」
「どの山から風がくるかによって、流れが大きく異なります。読み損なえば、我々が炎に包まれることになるのです」
この地方に住む彼等だからこそ、よく知り得る情報であった。
「うむむ……。風がどう変化するか分からない状態とあっては、イシスの提案した火矢を使用するわけにはいかないな……」
再び考え込むジーグフェルドだった。
「大丈夫。今日は今から先、北からの風はこない。我々の後方から強い風がくる」
そんな彼等の進言をイシスはあっさりと否定する。
彼女の言葉は一変の迷いもなく、絶対的な断言であった。
その自信に満ちた態度に対し、テュービンゲン伯爵とブロッケン伯爵、双方が逆に動揺する。
この地方で長年生きてきている彼等の方が詳しいはずである。
ジーグフェルド達の手前、面子にかけても新参の小娘に言い負けるわけにはいかない。
「き……貴殿は、何故……そういいきれる、のですか、な……?」
ジーグフェルドの手前、言葉使いは押さえている。
だが表情はかなり引きつっていた。
「常は北からの風が吹くとしても、たまに向きが真逆になることがあるだろう?」
「う! 確かに……。月の内、一日か二日程度……」
「いや……。しかし、それは不定期で決まってはいない!」
「うん。今日がその日だから」
「何を根拠にそのようなことが断言出来るのですか⁉」
「そうです! 我々は勿論のこと、何万という兵士達全員の命がかかっているのですぞ‼」
イシスの即答に、テュービンゲン伯爵の思考回路が壊れた。
ブロッケン伯爵も続く。
「…………」
イシスは眉間に皺を寄せ、ウンザリした表情になった。
自分の発言に対しての根拠はある。
だが、きっと説明しても彼等が理解できない。
納得できない。
若しくは受け入れられないだけなのだ。
何故ならそれは、先ほど上空を飛んでいた鳥達が話していた会話から、彼女が仕入れた情報なのだから。
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