111話 静かな夜【3】
ジーグフェルドはアスターの馬上から敵陣をジッと見つめていた。
これからここで起る出来事を何も知らないかのように、風が周囲に広がる大地を穏やかに吹き抜けて行く。
季節がらかなり冷たい。
だが、これから行われる戦闘に興奮している身体にはとても心地よい。
彼の側で忙しく動き回っている兵士達が嬉しそうである。
彼等に悟られては士気に関わるので平静を装ってはいる。
しかし、ジーグフェルドの胸中はドンヨリと分厚い黒雲に被われていた。
「まったく……」
昨夜。
ランフォード公爵城に到着したジオによってもたらされた情報に喜んだ。
それはバーリントン伯爵城のことである。
難攻不落と謳われていた城への自尊心は思っていた以上に高かった。
陥落したというのになかなか北西域連合軍に住民たちは従わない。
ジオとプラスタンスの従兄弟であるスカビオサが残って指揮した。
そのおかげで
城や壊れた住居の修復もどうにか完了した。
周辺への監視も行き届き、やっと統治するに至る。
それでやっとジオはランフォード公爵城に合流できたのである。
こんな短期間で成し遂げたのだから、非常に喜ばしいことであった。
尤も。
真実を暴露するなら。
あまりにも彼等が横着なので痺れを切らしたジオが脅したのである。
「お前等いい加減にしないと、バラバラの小分けにして、各地の農村へ移動させるぞ!」
「‼」
それは流石に絶対嫌だったのだろう。
以降従順になったのである。
まあ当然と言えば当然であろう。
行った先でどんな土地が与えられるかという問題。
そこの住民達に受け入れられるかという不安。
拒絶されれば追い出され、ヘタをすると殺されることだってある。
平民出身で彼等のことをよく知るジオの勝利である。
こっそり耳打ちされたジーグフェルドは吹き出したのだった。
過程はどうであれ、この情報は北東域軍にも伝わっているはずである。
通常であればクロフォード公爵が使いを出した段階で兵を引いているはずだ。
なのに連敗しているランフォード公爵に味方して、尚も戦を仕掛けてくる。
数でも圧倒的に負けているというのにだ。
『よほど自分達の腕に自信があるのか? はたまた成功報酬がよかったのか?』
この場合の見返りは当然。
ファンデール侯爵家の領地を筆頭とした北西域の支配であろう。
『自分たちの領地もあるというのに、そんなに欲しいものなのか、ね……?』
確かに北東域に比べれば、鉱山がある分豊かではある。
その恩恵に預かってきた。
しかし、北東域とて決して貧しいわけではない。
山の幸や北にある海のおかげで、それなりに豊かである。
それ以上を望むからこそ争いが起るのだ。
『人の欲に際限はないのか……? それとも本当の貧困を味わったことがないから、甘い考えなのだろうか?』
人の望みはそれぞれではある。
しかし、自制の効かない欲望とは、誠に恐ろしいものだ。
改めて思うジーグフェルドであった。
そこへ敵軍の偵察に出ていた斥候が、息を切らせながら数名戻ってくる。
馬上のジーグフェルドの足下に跪いた。
「ご報告致します。 敵、正面にのみ配置。 その数約五万」
「左翼に敵影はなし」
「右翼にも敵の影は見当たりませんでした」
今いる場所から見ても、敵の陣形は斥候の報告と変わらない。
双方がいる場所は見晴らしのよい平地。
作物の収穫後で身を隠す場所など殆どない。
耕作されていない荒れ地が所々に点在しているくらいだ。
「うむ。ご苦労だった」
労いの言葉をかける。
下がる斥候達と入れ違いに、ジーグフェルドの側へ主だった者達が集まってきた。
「如何なさいます?」
「想定通りの布陣だな」
「では予定通り、陛下を先頭に中央突破で宜しいですな?」
「うむ。それが最良だろう」
「承知致しました」
「お任せ下さい」
「では、それぞれの陣に戻りましょう」
「頼みましたよ」
それぞれの陣へ戻ろうとした彼等の背中へ、今まで沈黙していた者から声がかかる。
「ちょっと待って! その戦法は止めたがいいみたいだぞ」
驚いて声の方へと振り向く視線の先は、翼の馬上にいるイシスであった。
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