110話 静かな夜【2】

 そんな彼女にジオは苦笑する。

 そして不思議がっている子供達に、過去の母親の所行を教えた。


「昔。プラスタンスに求婚しようとして、殺されそうになった男が、目の前にいるんだよ」


「‼」


「うわっ⁉」


 予想もしていなかった言葉だった。

 ジュリアは絶句し、エアフルトは馬から落ちそうになる。


 それは昔。

 プラスタンスが十八歳の頃の出来事だ。

 父レオナルドが彼女の結婚相手にと選んだ男。

 この北東域伯爵家の次男を屋敷へ招き、紹介されたことがあった。

 だが、結果は悲惨なものだった。


「自分の結婚相手は、自分で見つける!」


 怒り狂ったプラスタンスが剣を抜いて暴れだし、父親とその男を四つにしてしまおうとしたのである。

 レオナルドが何とか宥めはした。

 だが、見合い相手の男は速攻で屋敷をあとにし、その後宮廷でも顔を合わせることは一度もなかった。

 二度と会いたくないとばかりに、避けられていたと表現したがよいかもしれない。

 故アフレック伯爵レオナルドが、溜息混じりでジオに話してくれた一件であった。


 その男が立ちはだかる軍勢の、丁度自分達の目の前にいる。

 此度の戦。

 ジーグフェルド要する国王軍ではなく、ランフォード公爵軍に付いている理由であろう。

 

『怨恨か? やれやれ……』


 ジオは明後日の方向を向いた。


「私……。そこまでは真似できませんわ……」


「……姉上。それ以上強くならないで下さい……よ。僕が太刀打ち出来ません……」


 母親の昔の所行。

 容姿も性格もうり二つと言われるジュリアが少しの間をおき、ようやくポツリと呟く。

 それに弟のエアフルトが速攻で突っ込みを入れた。


「あら⁉ 私に勝つつもりなの?」


「うっ!」


 しかし、ジュリアが負けることはない。

 それどころか更に追い打ちをかけるのだった。


「この際だから言っておくけど、伯爵家は譲らないわよ」


「ええっ⁉」


「‼」


 ジュリアの発言にエアフルトのみならず、プラスタンスやジオも同様に驚いた。

 彼女がこんなことを口にしたのは初めてだった。


「姉上は……。何方かに嫁がれないのですか?」


「母上と同じように、夫を迎えるつもりよ」


「…………」


 エアフルトは衝撃で言葉を失っているようだ。


『周囲の女性がそうであるよう。当然姉上も誰かよい家柄の男性と結婚し、城を出ていくものだと思っていた……。気性も存在感も知性も、姉上には勝てない……』


 エアフルトにはショッキングだったようだ。


「……じゃあ、僕はどうなるのですか……⁉」


「領地内のどこかに屋敷をあげるわよ。そこで妻を貰いなさい」


「そんな……。ただでさえ、僕、影が薄いのに……」


 どうやら本人にも自覚があるようだ。

 俯いてすっかり凹んでしまった。


 資質があり、強く、優れた者が、家長となり統治する。

 長きに渡って統治者として君臨するために、当然ながら必要不可欠なことだ。

 そうしなければ代が変わった途端、滅んでしまう危険性がある。


 思わぬところから勃発した家督争奪戦。

 プラスタンスは子供達の会話に口を挟むことなく様子を見つめていた。


「嫌なら、私以上の資質を示しなさい」


「…………」


 ジュリアはニッコリと微笑みながら、サクッとトドメを刺す。

 難攻不落と謳われたバーリントン伯爵城の一件で武勲を上げているジュリア。

 それに対し、既に出遅れているエアフルト。

 手痛い一撃である。

 一言も反撃叶わず、撃沈されてしまった。


「はぁぁ……」


『少し頼もしくなったと喜んだのだが……』


 ジュリアには全く太刀打ち出来ないエアフルトに溜息を吐くジオであった。

 本当にジュリアは約二十年前のプラスタンスそのものである。

 自分が伯爵家を継ぐと宣言したのだから、間違いなく実行するであろう。

 益々前途多難なエアフルトであった。


 しかし、感心すべき点。

 それはどちらも母親へのフォローではなく、完全に話題をすり替えてしまったことであろう。

 どうやらそれ以上は触れないがいいと判断したのかもしれない。

 今までに培った賢明な判断である。

 今後違う場面でも生かされることを願うばかりであった。

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