108話 光の灯す記憶【25】

「はじめます」


 イシスは深緑色のゲル状の完成品を、アーレスの無惨な状態の足に丁寧に付着させていく。

 肉が無くなっていた部分全てを補う。

 そして形が崩れないよう再び包帯で足の付け根までを巻いていった。

 作業が完了したのち彼女は小さく一息吐いた。


「ふう……」


 更に包帯の上に手を乗せ、何やら異国の言葉で呟く。


〈記憶を辿り、元の姿を取り戻せ〉


 言葉と同時にイシスの手が微かに光を放つ。


『痛みすら感じない足なのに、何やら暖かくなった?』


 アーレスは思った。

 それは錯覚ではなかったのだ。


『どういうことだ⁉ イシス殿が手を置いている場所から、次第に足全体へと温もりが広がっていく……』


 本来行われるべき細胞の活動が、蘇ったかのようであった。

 アーレスは驚いて、恐る恐る足に触れてみる。

 だが、そう都合よく簡単に治るはずはない。


 人肌の温もりはあっても、痛覚はないし動かすことも出来はしなかった。

 しかし、イシスが施術を行ってくれたというだけで何かしら希望が持てる。

 今の彼にはそれだけで十分ありがたいことであった。


「これでよし……と。私が許可するまでこの包帯を絶対に取らないようにして下さいね」


「分かりました」


「どんなに汚れても。ですよ」


「はい。心しておきます」


 彼の返事に満足したイシスは、使用した用具類の片付けを始めた。

 そんな彼女にアーレスは気になっていた事を聞いてみる。


「言葉が随分上達されましたな」


「ええ。ジークのおかげです」


「陛下の?」


「彼から全てを学びました」


 イシスの記憶は光の男性、しのぐから額に口づけを貰ったことにより、完全に蘇っていた。

 それにより封印されていた全ての能力も思い出したのである。


 泣いていた夜。

 ジーグフェルドが側で抱きしめていてくれた時に、触れた部分より言葉を吸収し覚えたのだった。

 それで、たった一晩で彼等と同じに喋れるようになったのである。


 言葉だけでなく同じようにその人の記憶や感情なども読むことが出来る。

 だが、流石にそれはプライバシーの侵害に当たると、意図的にブロックをかけた。

 そのため幸か不幸か分からないが、ジーグフェルドのイシスへの気持ちはなにも知らないのである。


 先日。

 陰の国の男と対峙した時に彼女が作り出した光の剣も、頭の中で想像した物を現実に物質化させたのだった。

 それ故、具現化させた本人が死んだり意識を失うと、形を保っていられず消滅したのである。

 これらは俗に言う超能力の類であると表現したがよいであろう。

 使命を背負った彼女のすめらぎ一族に与えられた能力である。


「今、私がこうしていられるのは、全て彼に出会えたから。いや……。最初に出会えたのがジークであったから、こうしていられる。そうでなければ意識が戻る前に殺されていたかもしれない」


『ジュリアやカレル。バイン司令官のような信頼できる者達に会うこともなかっただろう……。今いる場所も言葉も分からず孤独に押しつぶされ、生きる理由すら失っていたかもしれない』


 どんな英雄も屈強な戦士も、孤独には耐えられないのだから。


「今この世界で手にしているものは、全てジークから貰った。だから彼との出会いは、かけがえのないものであったと思える。本当に感謝しています」


「イシス殿……」


 彼女の言葉を聞いて、アーレスは安心した。

 イシスがジーグフェルドに対して、少なからず好意を持っていると思えたからである。


「陛下も貴女と同じように、申されていたそうですよ」


「ジークが?」


「ええ。出会えてよかった、と。とても大切な存在だとも」


 それはこのランフォード公爵城で、ジーグフェルドとカレルが再会した際の会話内容であった。

 カレルは父ラルヴァと共に、毎日アーレスの見舞いに部屋を訪れていた。

 その時ラルヴァには内緒でこっそりと教えてくれたのだ。

 彼もこんな楽しいことは誰かに喋りたくて仕方がないのである。

 だが、迂闊にばらまくわけにはいかない。

 よって、自分の楽しみ半分。

 アーレスを少しでも元気付けようという気持ち半分で、色々知らせるのだった。

 そして、先日本人からも直接聞くことができた。


「そうですか……。よかった」


 少しはにかんだ様な表情で、イシスは嬉しそうに笑う。

 そんな彼女がとても可愛いとアーレスは思った。





 それから数日後。

 明日には北東軍と激突かという時に、ランフォード公爵城に五騎の馬が入城してきた。

 難攻不落と称されたバーリントン伯爵城からである。

 管理をプラスタンスの従兄弟スカビオサと共に任されていたアフレック伯爵家のジオとその護衛達だ。

 民衆の管理と壊れた建物などの修復が完了し、ジーグフェルド達と合流するため馬を走らせてきたのだった。

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