106話 光の灯す記憶【23】

 翌朝食堂兼会議室に現れたイシスの背中に、鷲の浬が張り付いていた。

 昨日の夕食時に彼女のまだ姿はなかった。

 その後約束通りに戻ってきていたらしい。

 カレルにジュリアそして司令官バインがホッとした表情をしている。


 だが、何故か背に鷲を背負っての登場だ。

 それだけでかなりインパクトがある。

 しかし、彼女自身は困ったような表情をしていた。


 更に浬はイシスの服に爪を食い込ませているだけの状態で不安定だ。

 くっついているのにも限界がある。

 度々羽根をバタバタと羽ばたかせていた。

 イシスを正面から見ると、翼を持つ人間のように感じられる。

 その容姿と重なって神秘さが増すのだった。


「それ……。どうしたのだ?」


 それとは無論、浬のことである。

 奇妙な顔をして訪ねるジーグフェルドにイシスは平然と答えた。


「ああ、気にしないでくれ。離れないんだ」


 今朝早く。

 目覚めたイシスは早々に浬の元を訪れていた。

 彼は馬屋にいる翼の側にいた。

 浬はイシスの姿を見るなり、寂しかったとばかりに飛びついてきたのである。

 彼女は浬の身体を優しく撫でた。


〈心配かけてゴメンね〉


 元々野生だった浬は警戒心が強い。

 イシス以外の者に決して懐こうとはしない。

 側に人が来ると威嚇し、空へと飛んで逃げてしまう。

 彼女が不在の間。

 世話を頼まれた兵が大層嘆いていた。


 いつもはイシスからご飯を貰っている。

 小さく刻んだ生肉だ。

 しかし、同じものを兵士が用意しても口にしない。

 周囲の森から自分で調達してくるほどだった。

 まったくもって徹底している。

 尤も、その人間達が放った矢によって傷を負ったのだ。

 致し方ないかもしれない。


 イシスの登場を喜んだのは浬だけではない。

 翼やジーグフェルドの愛馬アスターも嬉しそうに鼻を鳴らす。


〈みんな元気でよかったよ。いい子。いい子〉


 そんな彼等の顔を順番に撫でてやるのだった。

 そして浬を元の留まり木に戻し何事かを囁いた。

 その後、彼は背中にへばり付いて離れなくなったのである。


〈ちょ、ちょっと。浬~。動きづらいよ……〉


 どんなに宥めても離れないため、仕方なく食堂まで連れてきた。

 だが、流石に彼を連れて皆と食事をするのはまずいだろうとイシスは思う。


「これがいるので外で食べるよ。じゃあな」


 そう告げて踵を返した彼女に、ジーグフェルドが声をかける。


「テーブルを別に分けてやろう。それなら大丈夫だろう? 異存はありますか?」


 ジッと彼女を見ている周囲の反応を、彼は確かめた。


「宜しいですよ」

「ま、まあ。構わないでしょう……」


 大体全員同じような意見だった。

 王家の紋章にも使用している動物なので、さして問題にしなかったという感じである。


『おやまあ何と寛容な』


 イシスが肩をちょこんとあげた。


「感謝します」


 そう告げて侍従が素早く用意した窓際のテーブルに座る。

 更にお皿に入れられた浬の朝食を置く。

 その皿めがけて彼がテーブルに降り、早々に中の肉をつまみだす。


〈美味しいかい?〉


 本当なら馬屋に行った際にそこで食べさせたかった。

 だが、肉の用意が間に合っていなかったのである。

 兵士が食べさせるのを諦めていたからだ。

 浬が美味しそうに食べる様子を、少し寂しげな表情でイシスは見つめる。





 朝食がすむと、ジーグフェルドは早朝にもたらされた情報を皆に伝えた。


「北の斥候からの報告です」


「北?」


「北東軍がこのランフォード公爵城に向かって進軍を始めたという知らせがありました」


 室内が騒めく。


「動く、か……」


 ラティオ=ロウ=ザ=クロフォード公爵が、白い顎髭を触りながら唸るように呟く。

 兵を進めぬよう北東域の貴族達とランフォード公爵に書状を出していたのだ。

 しかし見事に無視してくれたようである。


「我らがこの城にいると知って尚、進軍するとは……な……」


 ラティオの孫イズニックが苦い表情をした。


「もはやこれまでだ」


「クロフォード公爵?」


「陛下! 我らも挙兵致しますぞ!」


「!」


 クロフォード公爵がペレニアル=ロウ=ザ=ランフォード公爵を完全に見限った瞬間である。

 こののち、迎撃のため城は慌ただしさを増していった。

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