101話 光の灯す記憶【18】

 翌朝。

 会議室兼食堂のテーブルに皆よりかなり遅くである。

 ジーグフェルドに連れられたイシスが姿を現した。


 一晩中泣いていたためか、目がかなり充血しており真っ赤である。

 どこを見ているのか分からないような虚ろな瞳だった。

 髪はいつものように上で束ねておらず、背中で一つに纏め長く棚引かせている。

 顔はたった一晩で驚くほど窶れていた。

 ジーグフェルドに肩を抱かれゆっくりと動くその姿は、ひどく痛々しい。


 昨夜と同じ席へジーグフェルドに導かれイシスは椅子に腰を下ろす。

 直ぐに二人分の食事が運ばれてきた。


「食べなさい。身体が持たないぞ」


「二・三日食べなくても、人間死にはしないよ」


「だが、身体は衰弱す……」


 ここまで喋ってジーグフェルドは驚き、イシスの顔をジッと見つめた。

 二人の近くにいたカレルやジュリア、プラスタンスや司令官バインも、その表情から気が付いたようである。

 食事を口に運ぶ手が止まった。


 残念ながらシュレーダー伯爵ラルヴァやコータデリア子爵は気付かなかったようである。

 イシスと話す機会が殆どなかったため仕方がない。


 イシスの変化。

 それは自分達と比べても何ら遜色のない流暢な喋り方だ。

 自分を凝視するジーグフェルドに苦笑しながらイシスが言葉を続ける。


「昨夜の会議で、まだ暫くこの城に滞在すると言っていたな?」


「ああ……。こちらからは北東にもドーチェスター城にも、仕掛けるつもりはないからな」


「そうか……。なら今日と明日の二日間。時間を貰ってもいいか? 行きたいところがあるんだ」


「……戻ってきて、くれるのか?」


 不安な表情を浮かべたジーグフェルドだった。


「? ああ。当たり前だろう?」


 だが、イシスは何を言っているんだというような感じでキョトンとする。


「…………」


 ジーグフェルドはスオード山で初めて彼女に会った時のことを思い出していたのだった。


『何もない空からオレの上にいきなり落ちてきた……。それだけではない。その時イシスの服や顔には小さなシミとなった血痕が無数に付着していた。そして剣を使うことにも、人を殺すことにも全く動じなかった』


 昨夜の男がイシスを即座に殺そうとしたことから考察する。


『オレと出会う前。複数の何者かと戦闘中であったと思われる。そんな奴と再び再会してしまった』


 ジーグフェルドの心は不安でいっぱいなのである。


『だからといってイシスを縛ることも、無理強いすることも出来ない。イシスは自分の臣ではないのだから……。戻ってきてくれるというのなら。信じて送り出すしかない』


 彼は精一杯の笑顔を作った。


「……では。行っておいで」


「ん! ありがとう。それから済まないが。その間、浬の世話を頼む」


「ああ、いいよ。だがその前に、せめてそのスープだけでも飲んでくれ」


「あはは。分かったよ」


 そう言ってイシスはスープを飲み始める。

 だが、何かを思いついたのか彼女は直ぐにその手を止めた。


「どうした?」


「昨夜の男の遺体はどうした? 捨ててしまったか?」


「いや……。調べようと思ったので、地下に安置している。見るか?」


「ああ」


「案内しよう。だがその前にスープだ!」


「了解」

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