100話 光の灯す記憶【17】
「気が付いたのか?」
その夜遅く。
イシスの部屋の見張りをしていたファンデール侯爵家兵士が、ジーグフェルドの部屋を訪ねてきた。
彼女が目覚めたら自分に知らせるようにと頼んでいたからである。
つい先ほどまでアフレック伯爵プラスタンスとシュレーダー伯爵ラルヴァとコータデリア子爵と司令官バインと司令官シルベリー達と話していた。
バーリントン伯爵城での詳細と、アナガリス=モーネリー宰相に剣の模様について調査を依頼したことを報告したのだ。
そして自室へ戻って一息入れているところである。
「はい。物音がしたので、多分気が付かれたと思うのですが……。その、扉をノックしても、お返事がないので正確には……」
部屋の主の許可無く中へ立ち入ることが出来ない彼は不安げに告げる。
イシスに宛った侍女の方は昼に目覚めるまでずっと付き添ってくれていた。
そのため疲れているであろうと配慮し休ませていのである。
「ですが、その……。どうも泣いていらっしゃるようなのです」
「泣いている……?」
その言葉にジーグフェルドの心が痛む。
深夜ではあるが彼はイシスの部屋の扉をノックした。
だが、先程兵士が告げたように、部屋の中から返事はない。
『…………』
会議の場での不思議な出来事のせいもあり、言い知れ様のない不安が消えない。
ジーグフェルドはイシス了解を得ずに無断で扉を開けた。
この場にプラスタンスがいなくてよかったと思う。
部屋に入った彼は速攻でイシスを見つけることが出来た。
何故なら先程自分が運んだベッドの上にいたからである。
俯せ状態で枕に顔を埋め、小さく肩を振るわせて嗚咽しているようだ。
『イシス……』
その背中が余りにも痛々しく感じた。
ジーグフェルドは失礼なのを重々承知で、イシスの側に近寄り声をかける。
「イシス。気分はどうだ?」
かけられた彼の声に反応してイシスの肩がピクリと動いた。
そしてゆっくりと顔をジーグフェルドの方へと向ける。
「!」
驚きで彼の目が一瞬大きく見開かれる。
イシスの泣き顔を初めて見たからだ。
かなりの時間泣いていたのだろう。
目が赤く充血しており、枕も相当濡れている。
自分には分からない何かに深く悲しんでいると感じた。
ジーグフェルドはそんな姿でさえ美しいと思った。
だが、同時に胸も締め付けられるように痛む。
『イシスがここまで悲しむものとは、一体何なのだろう?』
彼はイシスに拒絶されないことを願いながらベッドの脇に腰を下ろす。
まだ涙の止まらない彼女の頬にそっと手をあてた。
「イシス。どうした? 話してごらん」
自分の心の中の不安を隠し、優しく笑顔を作るジーグフェルドだった。
「ジーク……」
呟きと同時にイシスの目からは更に涙が溢れ出す。
「えっ⁉ お、おい、イシス……?」
彼は焦った。
自分が涙に追い打ちを掛けてしまったのかと思ったのである。
だが、イシスは震える手を伸ばし、彼の広く逞しい胸に縋り付いてきた。
彼女の行動にジーグフェルドは一瞬戸惑う。
しかし、すぐにその大きな両腕で彼女を包むように優しく抱きしめる。
『あの男性二人の一件。余程のことだったのだろう……』
そう察したのと同時に、縋り付いて泣いているイシスがたまらなく愛しかった。
「泣いて楽になるのだったら、枯れるまで泣いてしまえ。オレでよければ付き合うぞ」
それは母レリアが亡くなった時、彼女が自分に言ってくれた言葉である。
本当にあの言葉に助けられた。
そして彼女の温もりと優しさに慰められた。
彼は片方の手で優しくイシスの頭を撫でてやる。
「だから朝には、普段のそなたに戻ってくれ」
ジーグフェルドの服を握り締める彼女の手に、更に力が籠もった。
「ジーク……。ジ……ーク……」
ジーグフェルドという受け皿を得てイシスの涙は益々溢れる。
彼はそれ以上何も言わずに、一晩中ずっと彼女を抱きしめていた。
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