99話 光の灯す記憶【16】

〈そんな……〉


 イシスは光の粒が最後に跳ねた場所へ手を伸ばし座り込む。

 俯き床についた両手をきつく握りしめた。

 悲痛な面もちである。


《今までは誰ひとりとして同じ言葉を話す者はいなかった。自分を知る者も……。だから諦めもついていた。でもやっと自分と同じ言葉を話す人と……。自分を知っている人と出会えたのに。なにも情報を得ることが出来ず、再び一人にされてしまった……》


 その分落胆の度合いは大きい。

 床に座り込むイシスの姿は、途方に暮れているように見える。


「イシス……」


 彼女の背にジーグフェルドが声をかけた時、再び別の声が聞こえたのだった。


〈見つけた! 見つけたぞ! 見つけたぞ‼〉


 それは先程の光の男性と同じ言語である。

 驚いて一同は声の方へと視線を向けた。

 いつの間に現れたのか、今はまだ使用していない暖炉の上に中背で痩せた男が座ってこちらを見ている。


 先程の男性とは違うようだ。

 今回の男は光っていない。

 色も影も存在する。

 明らかに実体があった。


〈こーんなところにいたのかい? 随分探したよ。お嬢さん〉


 光の男性と言葉も服装も大差はない。

 なのにこの男は背筋に寒気が走るくらいの嫌な雰囲気がある。

 更に明らかな敵意が感じられた。

 その目に殺意を感じ、イシスが不快そうに尋ねる。


〈誰だ⁉〉


〈誰だっていいじゃないか〉


〈なに⁉〉


〈どうせお前で最後なんだから!〉


〈最後だって⁉ 一体どういう意味だ?〉


〈クククッ! 答えてもしょうがないよ! ここで死んでもらう!〉


 男はいつの間に抜いたのか、手に持つ剣を振りかざしイシスに飛びかかった。


〈‼〉


「危ない!」


「きゃ!」


 その場にいた殆どの者が反射的に身構えた。

 しかし、誰一人として腰に剣は持っていない。

 正式な会議の場だったため、全員入り口で預けていたのである。

 例え持っていたとしても、間に合わないほどの早さであった。


「イシスッ!」


 ジーグフェルドが叫んで手を伸ばし、彼女を庇おうとした時である。

 イシスは何故か足を前へ踏み出して、男の懐へとその身を滑り込ませていった。

 アッという間の出来事である。


〈ぐあぁぁぁ!〉


 男の口から断末魔の悲鳴が上がり、床や壁に鮮血が飛び散った。


『イシスは剣を持っていなかったのに。何故?』


 全員がそう思った。

 しかし、よく見ると光り輝くひと筋の剣が、男の身体の真ん中を刺し貫いている。


 その剣は突如イシスの右手より現れて、男が振り下ろす剣よりも早く彼の身体を貫いていたのだった。

 だが、あまりにも早すぎる出来事だったため、その瞬間を目撃できた者はひとりとしていなかった。


 男は後ろへと仰け反るように倒れていく。

 床の上で二度ほどその身体をバウンドさせたのち絶命する。

 そして不思議なことに男の身体からも、イシスの右手からも光の剣は消えてなくなっていた。

 彼女は床に転がる男の亡骸を上から見下ろす体勢で、身動きひとつせず立ちつくしている。


「イシス?」


 心配したジーグフェルドが声をかけた。


「…………」


 イシスから全く返事がない。

 反応すらしなかった。


「おい……。イシス。大丈夫か?」


 不安になって再度声をかけ彼女の肩に手を置いた。

 その瞬間。

 イシスはジーグフェルドの腕の中に倒れ込んできた。


「!」


 彼女は既に気を失っていたのである。


「一体……。どうなっているんだ?」


 ジーグフェルドはイシスを抱え上げ呟いた。

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