95話 光の灯す記憶【12】

「スオード山とマーレーン男爵城の件は存じておりますが、バーリントン伯爵城でもとは、一体……?」


「あ!」


「あ……」


「あーっ‼」


 不安に満ちているプラスタンスの言葉に、三カ所から奇声が発せられた。

 二つは同じ場所からで、三つ目はそこから少し離れた場所からである。

 当然、ジーグフェルドとイシスとカレルであった。

 ことカレルに至っては顔を引きつらせている。


 バーリントン伯爵城の泉で刺客に襲われたことは内緒にしておこうと提案した本人が、うっかりツルリと口を滑らせたのだ。

 しかも一番知られたくない人物の前でである。

 話題がイシスのことだったので、少し冷静さを欠いてしまったようだ。


『またこの三名か……』


 プラスタンスが顔を顰める。

 そして中でも一番大きな声を上げたカレルに周囲の視線は集中していた。


「お前……。まさか⁉」


 シュレーダー伯爵ラルヴァが青ざめて息子を見る。

 ジーグフェルドに気に入られていると周囲から嫉妬の眼差しで見られている状況だけに、マズイ時期での発覚であった。

 カレルは深い溜息をひとつ吐いて肩をすくめる。


「それに関しましては、からご説明頂いて下さい」


 これ以上はないというくらいの皮肉りであった。

 カレルがジーグフェルドのことをと呼ぶのを、イシスは初めて聞いた気がする。


「うっ……!」


 確かに口を滑らせたジーグフェルドが悪い。

 だが、カレルの放った強烈な精神攻撃に顔を引きつらせるジーグフェルドだった。


 カレルの視線が、「この阿呆!」と言っている。


「まさか……。あの城で見せられた剣は、その刺客達が持っていたものなのでは?」


 そしてやはり、プラスタンスが的確に核心をついてきた。


『ご名答です』


 本当にカンの鋭い女性である。

 しかし、その表情はとても怖い。


『こんなことならバーリントン伯爵城で、落雷に遭っていた方がまだマシだったかもしれん……』


 後悔しながらジーグフェルドは諦めて事実を語ることにした。

 尤も、これだけの人数に全てを話す必要はないため、大雑把に掻い摘んでの説明である。

 詳細は後ほどプラスタンス達数名に行えばいいと思ったからだ。


『あの城で剣を持ち帰った時、刻まれている模様について誰も知らなかった』


 一様に口を揃えて、初めて見ると言う。

 その現状ではお手上げであった。


 なので、ドーチェスター城へ向かったカレルに短剣を一本持たせ、宰相のアナガリス=モーネリーに訪ねるよう指示していたのである。

 しかし、頼みの綱の彼にとっても初めて目にする模様であったらしい。

 速攻で行き詰まりとなってしまった。


 物的証拠はあるのに、照らし合わせることが出来る情報がない。

 焦れったい状況である。

 なので、カレルは自分の独断であったが、資料が豊富な王宮内で調べて貰おうと、モーネリー宰相に短剣を預けてきたのだった。

 賢明な判断である。


 ジーグフェルドの説明を聞いた諸侯等は、深い溜息と共に表情を強張らせた。


「ランフォード公爵は、そこまでなされるのか……」


「大切なのは、ジーグフェルド陛下がラナンキュラス陛下の御子であるという真実ではないのか?」


「認められた事柄を覆したばかりか、有耶無耶に殺してしまおうなどとは……」


「なんということを……」


「聡明であられたラナンキュラス陛下とは、何という違いであろうか……」


 暗い雰囲気である。


「父……。ファンデール侯爵の件もあるし。私は真実を知りたい。今現在最大の問題は北東域の動向だろう。我々はこの城から動かないが、連中が進軍してきたら戦闘は避けられない。各軍準備だけは怠らないようにして下さい。以上だ」


 そう括ってジーグフェルドは会議を終わらせた。

 退室しようと皆が席を立つ中、彼はイシスに声をかける。


「イシス。紙とペンを持って、あとでオレの部屋へおいで」


「いいのか? 疲れてない? 無理、しなくて、いいぞ」


 先ほどの気苦労を聞いているからか、それともこの後プラスタンス達に雷を落とされることを知っているからだろう。

 自分の身体を気遣い心配そうな表情をする彼女に、ジーグフェルドは笑顔で答えるのだった。


「ああ、オレは平気だ。気にするな。約束だろう?」


「うん、分かった。じゃあ、ジークの部屋、待ってる」


 彼の笑顔に安堵してか、つられたようにイシスが嬉しそうに笑い返す。

 なんともほのぼのとした心和む光景である。


「何です? あれは……」


 イシスが参加した会議は初めてで、これまでの状況を全く知らないイズニック=ロウ=ザ=クロフォード公爵が、出口付近でプラスタンス親子に訪ねるのだった。

 面立ちが祖父であるラティオ=ロウ=ザ=クロフォード公爵の若かりし頃そっくりだ。

 そして、王家の血筋を証明するかのように黒い髪をしている。

 瞳はジーグフェルドと同じ海のような青だ。

 少し神経質そうな雰囲気があるため、幾分きつく感じられる。

 長身で顔立ちも整っているので、宮廷では女性達の噂の的にもなっていた。


「ああ。陛下は毎日時間の都合がつかれた時や就寝までの間、イシス殿に文字や言葉を教えているのですよ」


「本当に。もう日課となっていますね」


「ですから、イシス殿も随分喋りが流暢になってきましたし、文字もかなり覚えましたな」


「ほう……」


「まあ……。言葉遣いは陛下が教えていらっしゃるので、多少は……致し方ないかと……」


 プラスタンスはイシスのあの男性言葉は、仕方がないと言いたかった。

 イシスはジーグフェルドから与えて貰った筆記用具を部屋へ取りに行こうと、椅子から立ち上がった。

 その刹那。

 何とも言い知れようのない嫌な感覚が彼女を襲う。

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