93話 光の灯す記憶【10】
しかしその直後。
また周囲から違った意味でのざわめきが起った。
「イシスはここに座ってくれ」
「分かった」
ジーグフェルドがイシスを自分の直ぐ横。
一番上座のクロフォード公爵の向かいに着席させたからである。
貴族であるプラスタンスやラルヴァより上位に、異国の娘を当たり前のように座らせた。
そのことが新しく加わった彼等には理解できない。
当然ではあるが、疑問や驚き或いは不満の表情を浮かべている。
『ふむ。想定内ではあるが……。うるさいな……』
その様子をジーグフェルドは冷静に見つめるのだった。
本当に自分を信じてこの戦に参加してくれたのか。
それとも、今こちらに勢いがあるから波に乗って参加しているだけで、状況が悪くなれば身の置き所を変える不安定な勢力なのかを判断しているのである。
意地悪な行動ではあった。
だが、一気に増えた陣営の中で真に信頼できるのか否かを見極めなければならないのである。
致し方ないと思う。
『イシスに関して、あれ以上は絶対に言えないな』
肌の色の違いや異国の娘ということで、差別的な眼差しを向ける者もいた。
ジーグフェルドはそんな嫌な視線も敏感に感じ取っている。
『まあ。どれも致し方ないことかも知れない……。人とは未知なるものや自分の経験や想像から逸脱したものに不安を覚える。ある者は拒絶し。ある者は排除しようとする』
そうされた者にとって、どんなに悲しく残酷なことなのか考えることもしない。
『この上、飛行や発火能力が発覚したら、パニックに陥るかも知れない』
柔軟に受け入れて、その名の如く赤い月の女神として崇拝してくれればいい。
しかし、異端なる者として排除しようと暗殺を企まれたら一大事だ。
味方が増えたのは非常に好ましいことではあるが、その分発覚する危険性も増したことになる。
『今まで以上に慎重になる必要があるだろうな』
その為、ジーグフェルドは紹介の際彼等に釘を差したのだった。
記憶がないことは、あえてこの場では伝えなかった。
「何か……。いっぱい、増えた、な……」
食事を始めたジーグフェルドに、イシスが小声で告げる。
ファンデール侯爵アーレスを救出しにドーチェスター城へと向かう時。
既にゾロゾロと増え始めていた。
戻って来て改めて眺めると相当な数に膨れあがっている。
当初からは想像もつかない勢いだ。
かなり驚いているのだった。
「ああ。嬉しいことだよ」
「よかったな」
「うむ……。まあ。そうなんだがな……」
ジーグフェルドは微妙に変な顔をする。
「何だ?」
彼はイシスに少し近付くと小声で告げるのだった。
「その分、席を決めるのが大変でな……」
今までの功績などによって授かっている爵位による身分がある。
同じ爵位でも、領地の大きさや財力そして歴史によっても、公式な場での立ち位置が異なるのだ。
しかし、この戦に関してはちがう。
どれ位初めの頃から参加し協力してくれたかという部分も重視する必要がある。
当然、北西域でジーグフェルドが挙兵した時から協力してくれていた者たち。
アフレック伯爵家やシュレーダー伯爵家、マーレーン男爵城を管理するためこの場にはいないがパーロット男爵家。
そしてコータデリア子爵家が、よりジーグフェルドに近い場所に位置することになる。
アフレック伯爵家はかなり古くから反映を誇っている一族だ。
おまけにファンデール侯爵家とも姻戚関係にある。
現当主であるプラスタンスの気性も手伝い、不満を漏らす者はいない。
しかし、同じ伯爵家で領地の広さでも引けを取らないシュレーダー伯爵家はその歴史が浅い。
彼等よりも歴史ある者達から直接ではないが不満の声が聞かれるのだった。
カレルがジーグフェルドの強い信頼を得ていることも大きな要因のようである。
コータデリア子爵家に至っては、かなり風当たりが強いようだ。
そのことを分かってはいるが、ジーグフェルドは姿勢を崩さない。
功績を挙げているのだからそれは当然のことだと思っているからである。
だが、地位や歴史に拘る者達には納得がいかないらしい。
彼らの爵位を上げてやりたいところだが、王位を巡って争っている現在ではそれは不可能である。
この戦に勝って再び玉座に座り、今度こそ周囲に認めさせて行うしかない。
人数が多くなればなるほど、色々な思惑が交差する。
纏め上げるのは本当に大変なのだ。
そんなジーグフェルドの苦労が理解できたのか、完全に愚痴になっていた呟きにイシスが吹き出す。
「プッ!」
「笑うなよ……」
ジーグフェルドは苦笑いをするのだった。
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