92話 光の灯す記憶【9】

 ランフォード公爵城に到着した幌馬車の中でイシスが倒れてから三日目の昼過ぎである。

 ようやく彼女は眠りから目覚めた。


「う~……ん……」


 上半身を起こし大きくひとつ伸びをする。

 身体も心も晴天のようにすっきりしていた。

 疲労は全て取り除かれているようだ。

 嬉しいことである。

 このことを告げにファンデール侯爵家の臣がジーグフェルドの部屋へと走った。


「陛下! イシス様がお目覚めになりました」


「そうか!」


 彼はイシスの部屋に駆け込んだ。

 ベッドから出たイシスに速攻抱きつく。

 プラスタンスに介入される前にと、全てが電光石火の勢いであった。






「彼女はイシスです」


 この陣に参加している一同が介する夕食の席で、ジーグフェルドは皆にイシスを紹介した。


「また、今後我らは国王軍と名乗ります」


 ラティオ=ロウ=ザ=クロフォード公爵と孫のイズニック=ロウ=ザ=クロフォードを筆頭に着席している。

 そして以前から協力してくれている北西域の貴族たち。

 兵を率いて到着したデュイス子爵。

 少し前リェージュ街道沿いにて残留兵の拠点とし城を貸してくれたドランディ伯爵。

 更にはリバノティカ=シスキュー男爵の姿もあった。

 ローバスタ砦副司令官オエノセラ=シスキューの父親にして現当主である。


 シスキュー男爵の領地はこの近隣で、本来ならばその権力に屈しランフォード公爵に組みしていたはずだった。

 だが、息子オエノセラの働きかけにより国王軍についた。

 それだけではなく危険を冒し密かに周辺貴族の説得にあたってくれたのだった。

 そのお陰で、ドランディ伯爵城からこのランフォード公爵城までの道中、一戦も交えることなく到着することが出来たのだ。

 大きな功績であるといえる。


 また、このランフォード公爵城が落ち、遮る小石が排除された。

 そのため、ダッフォディル国へと通じるフィソォリー街道の国境を守備するシダルセア砦司令官ジャックマニーが兵を連れて到着していた。

 この砦は山間部と平野で構成されている場所にある。

 常にダッフォディル国を監視していなければならないため、砦を手薄には出来ず一千の軍勢ではあった。

 だが、彼等の参加も大きな力となる。

 国王の直轄地である砦の三番目が加わったことになるのだ。


 司令官リオン=トウ=ラ=ジャックマニーは、メレアグリス国内に二つしかない侯爵家の次男であった。

 今までランフォード公爵によって、ジーグフェルドが発した全ての連絡を遮断されていた。

 この城が陥落したことによりようやく参加することができたのだった。


 リオンは細身の長身。

 美しく長い銀色の髪を後ろで一纏めにしていた。

 瞳は淡い碧で宝石のようである。

 武芸とはおよそ縁のない文学を好みそうな風貌は、座っているだけで絵になりそうな美青年であった。


 そして末席の方ではあるが、レオニス=メルキュールもいた。

 周囲からの奇異に満ちた眼差しに晒され、かなり居心地が悪そうである。

 無理もないことだ。

 廃嫡子とされているが、彼がランフォード公爵ペレニアルの子供であることは、その醜聞とともに周知の事実。


 今、国を二分して闘っている敵の息子が陣に加わっているのだ。

 新たに参加してきた者達が驚くのも不思議がるのも当然であろう。

 しかし、それ以上の驚きでもって、この場に迎え入れられたのがイシスである。


「ご覧の通り異国の女性で、我が国の言葉に堪能ではありません。イシスという名も私が与えました。ですが此度の戦の当初から私に力を貸してくれ、その名の通り本当に多大な功績をあげてくれています。軍師ともいえる存在ですので、丁重に扱って下さい」


 ジーグフェルドの言葉に居並ぶ貴族達がざわめいた。

 その華奢な姿からは想像出来ない高い評価である。

 過大評価ではないのかと訝しく思う者が殆どであった。

 しかし、今まで行動を共にしてきた兵士達からは、異常なほど崇拝されていることも耳にしている。

 このギャップに彼等は暫く悩むことになるだろう。


「見知りおき願います」


 ジーグフェルドの横で皆に向かい、イシスは丁寧且つ優雅に一礼し挨拶を行う。

 先ほど彼から教えて貰った、公式な場での挨拶の仕方である。


「ほう……」


 周囲から感心したような声があがる。

 戦中なのでドレスこそ着てはいないが上出来であった。

 何を教えても直ぐに吸収していく。

 ジーグフェルドはその様子を満足気に見つめるのだった。

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