91話 光の灯す記憶【8】
「陛下!」
「叔母上!」
アーレスの部屋を出たのち、ジーグフェルドはイシスの部屋へとやって来た。
そして、そこにいたプラスタンスと鉢合わせしたのである。
彼女はベッドの側に立ち、昏々と眠るイシスの寝顔を見つめていた。
以前はプラスタンスのアフレック伯爵家にイシスの世話を任せていた。
だが、最近ではファンデール侯爵家の方で自分と同じように身の回りのことを執り行っている。
ジュリアはイシスと仲がよかったため、寂しがって頻繁にこちらへ訪れる。
だが、プラスタンスの訪問は初めてだった。
なので少々驚いたのである。
しかし、それも一瞬のこと。
見舞いにきてくれたのだと笑顔をつくる。
部屋の中には戦場に残ってくれたレリア付きだった侍女もいた。
アーレスの方に二人。
イシスの方にひとり付いていて貰っている。
「わざわざ見舞って下さったのですか? イシスの様子はどうです?」
イシスが寝ているベッドへと近付く彼に、プラスタンスは意外な言葉を告げるのだった。
「女性が眠っている部屋に入るなんていけませんね。陛下」
「えっ⁉ ちょ……ちょっと! 叔母上‼」
有無を言わさず背中を押されて部屋から追い出される。
無情にも扉がバタンと閉められてしまう。
愛しいと自覚して早々に暫く離れた。
やっと無事に戻ってきてくれたのに、ろくに会話も出来ぬうち疲労から倒れ眠り続けるイシス。
『せめて寝顔だけでもせめて見たかったのに……』
その思いを遂げぬうち追い払われては叶わない。
しかも今現在仕切っているのはファンデール侯爵家。
いわば自分の実家である。
『どうして追い出されなければならないんだ?』
ジーグフェルドはドア越しで、プラスタンス相手に必死に抗議した。
「この前のマーレーン男爵城では、そのようなこと一度も仰らなかったではありませんか⁉ 此度だけ何故なのですか? 納得出来ませんよ。叔母上⁉」
すると、願いが通じたのか扉がゆっくりと開けられる。
部屋に入れて貰えるのかと思ったら、そこには呆れ顔のプラスタンスが威嚇するかのように立っているのだった。
「叔母上……⁉」
「この前は瀕死の状態で、いつ何時亡くなってしまうか分からない故、何も申し上げませんでした。ですが今回は違い、ただ疲れて眠っているだけです。命に問題は御座いません。なのに若い独身女性の部屋に入るとは何ですか⁉ お立場を
これだけ早口で言われは、ジーグフェルドが口を挟む隙もない。
更に扉は再び速攻で閉じられてしまった。
ご丁寧に内側から鍵を掛ける音までする。
「若い独身女性って……」
確かにそうではある。
『既婚者なら余計に許されないのではないだろうか?』
彼はそう思った。
何やら至極理不尽な思いに駆られる。
しかし、ここまでされたら退散するしかない。
きっとどう足掻いても粘っても、プラスタンスは部屋の中に入れてはくれないであろうから。
『仕方ない……。何かいい方法はないだろうか?』
考えながらジーグフェルドは自分の部屋へと戻るのだった。
一方部屋の中。
遠ざかるジーグフェルドの足音を聞きながら、プラスタンスが複雑な表情をしていた。
『陛下がイシス殿に寄せる並々ならぬ信頼。そして今現在は愛情も十分にあるだろう。盲目的にはならず、周囲に気付かれないようにしているようだが……』
年輩の彼女には分かってしまうのだった。
イシスの側にいる時、彼の発する空気はとても穏やかで暖かだから。
『最大の信頼が自分に。愛情がジュリアに向いていないからと、不満なのではない……』
邪魔しているのでもない。
プラスタンスはただ不安なのだった。
『イシス殿が見たこともない異国の娘で、更に記憶がないということが気になる……。一生懸命言葉を覚え、自分達に溶け込もうと努力している様子は健気にも哀れにも思う。そして早く記憶が戻る日がくることも願って止まない……』
「はぁ……」
彼女は溜息をもらす。
『記憶が戻った時、この不思議な娘が一体何に化けるのか? それが不安で仕方ない。自分達に害を成す者にならなければよいが……』
そう切に願うばかりなのだった。
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