88話 光の灯す記憶【5】

 ドーチェスター城でランフォード公爵によるクーデター騒ぎが起きた時、ラティオ=ロウ=ザ=クロフォード公爵は自分の領地にいた。

 甥にあたるペレニアル=ロウ=ザ=ランフォード公爵が、ジーグフェルドに対して不満を常に持っていることは重々承知していた。

 だが、まさかこのような暴挙に出ようとは正直思ってはいなかったのだ。


 何故ならジーグフェルドは全ての臣。

 つまり貴族達から承認を得て玉座に就いたのだから。


 それに対して挙兵する。

 即ち、貴族達をも敵にするに他ならない。

 自分の領地付近。

 東側の貴族達を味方に付けていたとしても、西側は相反することは必至。

 今日このような東西を二分する内乱になるのは、火を見るよりも明らかなことであった。


 それは国にとって何の利益ももたらさない。

 多くの犠牲者が出るし、重要な食料生産にも影響をもたらす。

 また、他国に侵略の機会を与えることにもなる。

 そんな愚かな行為を行うなど、上に立つ者として言語道断であった。


 特に北西域は慎重且つ注意を払わなければならない場所なのである。

 だからこそラナンキュラスは、その北西域の要であるファンデール侯爵家に我が子ジーグフェルドを託したのであろうと想像できた。


 それ故、直ぐさま領地を出てドーチェスター城へと向かった。

 【青の郭】にいるランフォード公爵に面会し抗議を行う。


「どういうつもりだ‼ ペレニアル‼」


「あんな出自の確かでない赤毛に王座は務まりませんよ。正しき血筋に戻しただけです。お引き取りを」


 全く聞く耳を持たない。

 それどころか直後には【緑の郭】にあるラティオの屋敷に王室直属の近衛兵を差し向け、監禁状態にしたのである。


 数多の貴族達の承認も得ないのに、玉座に座ったというだけで国王になったのだと思っているらしいのだ。

 叔父にあたる彼に対して何たる無礼であろう。

 怒りを通り越し呆れてしまった。

 人間ここまで感情がくると、あとは見捨てるだけである。


「無礼者‼ 我に触れるでない‼」


 ラティオはランフォード公爵が屋敷に向けた近衛兵達を一括し、強引に城の外へと出たのだ。

 同じ公爵家とはいえ、立場上は叔父に当たるラティオの方がまだ強い。


 いくら王室直属の近衛兵といえど彼に逆らうことは不可能である。

 ましてや傷を負わすことも身体に触れることも到底出来るはずもない。

 彼はその存在のみで他を従わせ、悠々と自分の領地へと帰ったのである。

 これは権力の成せる技であった。


 そんなラティオ=ロウ=ザ=クロフォード公爵は、今まで領地から出ずに全く動かなかった。

 ジッと情勢を見極めていたのである。

 その最大の理由は無論ジーグフェルドであった。


『国内で一番安全といえるドーチェスター城に居ながら、その場を追われてしまうとは、なんたる失態。一体どういうことだ?』


 他の貴族達同様。

 君主たるに相応しいのかと疑念を持たざるを得なかった。


 バーリントン伯爵城攻略で皆が参戦を表明しだした。

 しかし、ラティオは動かなかった。

 今日こんにちのランフォード公爵城陥落まで時間をおいたのは、より慎重になったというに他ならない。


 その立場上。

 彼が動けば周囲への影響が大きいからである。

 そんな彼が兵こそ伴ってはいないにしろ、わざわざジーグフェルドに会いに来たのだ。

 功績と手腕を認めたと言っていいであろう。


「恐れ入ります」


 シュレーダー伯爵ラルヴァは、深々と=ロウ=ザ=クロフォード公爵に頭を下げた。





「全く……。もう少し早く助けてくれよ」


 ジーグフェルドの部屋へと入って、開口一番カレルが文句を呟く。

 なだれ込むようにソファーへと座るカレルの向かい側にジーグフェルドは座った。


「すまん。オレもどうしていいか、その……。」


「……。立場上ジークしか押さえれる者はいないんだから。しっかりしてくれよ」


「うむ……」


「しかし、気持ちは分かるが……。あの視線、堪らないよな……。はぁぁ……」


「全くだ……」


 二人して中央のテーブルに突っ伏する。

 そして同時に顔だけを向けあうのだった。


「便利だけど、難儀だな……」


 カレルの呟きは、無論イシスのことに関してである。

 途方もなく貴重な戦力でありながら、その力故に秘密にしておかなければならない。

 柔軟に受け入れることは、今の周囲には難しいからである。


 しかし、ジーグフェルドはニッコリと微笑んだ。


「いいや。感謝するばかりだよ」


「ジーク?」


「あの日、スオード山で出会えて本当によかった」


 そうでなければ、今ここでこうして笑ってなどいられなかったであろう。

 城を追われ苦しいことばかりではあるが、そんな運命にも感謝することが出来る気がした。


「ジークがそんな風に思えるなら、よかったさ」


 カレルはそう言って笑う。

『残念な結果に終わってしまったが、レリア様のことをどうにか消化出来たのだな』


「そうそう。連中とは別に、報告することがまだいっぱいあるぞ」


「おお! そうだったな」


 そして二人の会話は深夜まで続くのだった。

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