86話 光の灯す記憶【3】

 数日後。

 ランフォード公爵城に一台の馬車が到着する。


「父上! 父上!!」

 

 喜びに頬を紅潮させたジーグフェルドが叫びながら屋敷より飛び出し駆け寄って行った。

 ちょうど屋敷正面入り口前にカレルが馬を止め御者台から降りる。

 その後方荷台部分では道中ずっと下ろしていた後ろの幌を、イシスが上へと上げたところであった。


「ち……」


 そこへジーグフェルドが回り込んできたのだが、荷台の中を見上げた彼はその姿勢のまま石化してしまう。


「アーレス殿!」


「アーレス殿‼」


「ファンデール侯爵! 無事で⁉」


 彼の後方から同じように飛び出してきたプラスタンスやシュレーダー伯爵ラルヴァ達も、同じように荷台の中を見上げた途端固まった。


 そんな彼等を荷台の上からイシスが、キョトンとした表情で見渡すのだった。

 自分がいる場所。

 即ち荷台の上まで喜び勇んで飛び乗ってくるかと思っていたジーグフェルドが、全く動かないのだから致し方ないかもしれない。


「あれ……?」


 首を傾げ不思議そうにするイシス。

 その横で苦笑しながらファンデール侯爵アーレスは言上を述べた。


「このような姿で失礼致します。陛下。再びお目にかかれて嬉しゅう御座います」


 苦しい体勢ながら彼はペコリと頭を下げる。

 それがまた何とも奇妙な光景であった。

 何故なら彼は樽漬け状態で、頭の部分しか出ていないのである。

 不気味なことこの上ない。


「…………」


 誰一人としてこんな再会は予想しなかったであろう。

 この時間が止まったかのような状況下で動けているのは、戻ってきたイシスとカレルそしてアーレスの三名だけであった。


『そりゃ、そうだよな……』


 などと思いながら。

 集まった全員があまりにも予想していた通りの反応だったので、馬車の横でカレルはクツクツと腹を抱えて笑うのだった。

 腹が捩れそうである。


 そして、ジーグフェルド達が声を出せるようになったのは、これからタップリ五分ほど後のことであった。


 そしてアーレスは早々に軍に付き添っているファンデール侯爵家の医師の手に委ねられる。


「宜しく頼む」


「お任せください」


 ドーチェスター城【花の郭】より瀕死の状態で救出されてから、ずっと疲労のかさむ移動であったはずだ。

 しかし、彼の身体はかなりよい状態にまで回復していた。

 引き受けた医師たちは驚くばかりであった。

 昼夜を問わず、ずっとイシスが付きっきりで看病していたおかげである。


『イシスでなければ、ここまでの回復は到底あり得なかっただろう。ましてや生きてこの城までたどり着けたかも分からない……』


 カレルはそう思うのだった。


「ありがとう。カレルにイシス。疲れただろう? ゆっくり休んで……」


 ジーグフェルドがふたりに振り返った時である。


 カレルの隣でイシスが崩れ落ちるように倒れてしまった。


「イシス‼」


「‼」


「キャー! イシス‼」


 慌ててジーグフェルドがイシスを抱きかかえる。


「イシス! イシス‼」


 彼の顔は真っ青になった。

 マーレーン男爵城で毒に倒れた時を思い出したのである。

 慌ててカレルが声をかけた。


「落ち着け! ジーク!」


「しかし!」


「たぶん疲労がたまって眠ったんだろう」


「疲労?」


 ジーグフェルドにファンデール侯爵を引き合わせることができた。

 侯爵家の医師に任せることも。

 それまで張りつめていた緊張の糸がプッツリと切れ一気に疲労が噴出してしまったのだ。


「ああ。アーレス殿を救出して以降、不眠不休に近い状態でずっと看病してきている。限界だろう」


「すぅ……」


 イシスから寝息が聞こえる。

 彼女は深い眠りへと落ちていた。


『こんなになるまで頑張ってくれたのか……。相当無理をしてくれたんだな……。ありがとう。イシス』


 ジーグフェルドの目にうっすらと涙がにじむ。

 以降、一度も目を覚ますことなくずっと昏々と眠った。

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