84話 光の灯す記憶【1】
ランフォード公爵城陥落の知らせは東域に衝撃をもたらした。
本人達一家は既にドーチェスター城へ移っていたが、だからといって此度の戦の総大将が使用していた城である。
落ちていいはずがない。
この時までランフォード公爵に組みしていたダッフォディル国との国境付近に位置する北東域や南東域の貴族達は特に動揺した。
苦なく勝利することを信じていたから。
南西域やドーチェスター城周辺にもジーグフェルドの出生を疑い、いまだ戦に参加してこない貴族達もいる。
彼等にも大きな衝撃であったし不安を与えるには十分だった。
やっと重い腰を上げだしたのだから。
カシャーン。
パリーン。
メレアグリス国首都のドーチェスター城【青の郭】で、陶器やガラスが派手に割れる音がした。
ペレニアル=ロウ=ザ=ランフォード公爵である。
怒った時には物を壊すしかノウのない愚か者が、今回の知らせを聞いての愚行であった。
この近隣で大国と称される国の王宮にある調度品だ。
どれも一品物で、値段も気が遠くなるような数字が並ぶ物ばかりである。
部屋の周囲に美しく飾り付けられているそんな高価な装備品を、自分の物ではないというのに遠慮もなく壊していく。
サロンで一家団欒中での報告だったため、側のソファーにはファシリアとサルディスがいる。
二人ともビクビクしながら父親の行動を見つめる。
女性使用人達は壁に張り付いて震え、知らせを運んできたジョセフ=ファルックも顔を顰めていた。
彼はランフォード公爵家執事ガレリ=ファルックの息子である。
父親がランフォード公爵城に残ったため、このドーチェスター城の方に同行して来たのだった。
「ええい! ガレリは一体何をしておったのだ⁉ 役立たずめが‼」
彼の怒りの矛先は、ランフォード公爵城総指揮を任せてきたガレリへと向けられる。
「どいつもこいつも私に恥をかかせおって!」
破壊は更にエスカレートしていきそうだ。
彼の動きは全く止まらない。
『この場にレオニスがいなくてよかった……』
父親の声を聞きながらファシリアは心の中でホッとしていた。
あの父のことだから、ガレリの変わりに当たる標的としていたかもしれない。
最悪剣を振り上げているかもだ。
レオニスの母ミナーレのことを思えば決して過剰思考ではないはずだ。
短時間でランフォード公爵城が陥落したと知らされた時にファシリアは確信していた。
『レオニスが教えた秘密の通路を使ったのだわ。陛下がお願いを聞いて下さったのよ』
それは即ち、ジーグフェルドがレオニスを側に置いてくれたのだということである。
涙が出そうなほど嬉しかった。
ランフォード公爵城からドーチェスター城までの道中。
レオニスが自分の側にいないことにサルディスが気付いた。
到着してからは父ペレニアルに不審がられる。
しかし、彼女は毅然とした態度で言ったのであった。
「お父様の機嫌を損ねることになりますから、城に置いて参りました。ガレリの役にも立ちましょうし」
二人ともすこぶる上機嫌でファシリアの言葉を信じたのだった。
自らの足下に裏切りの行為が潜んでいるとも知らず。
「こうなったらデュイス子爵に連絡を取れ! あの女を殺し赤毛の元に送ってくれる!」
あの女とは無論ファンデール侯爵夫人レリアのことである。
デュイス子爵から彼女の死の知らせを受けていないのだから仕方ない。
もう、ファンデール侯爵城で使用人達に見守られ安らかな永遠の眠りについていることであろう。
「お父様! 何てことを‼」
ファシリアが青ざめて、ソファーから立ち上がる。
「五月蠅い! 黙れ! 私のすることに、許可なく口を挟むな!」
「ですが、お父様!」
彼女は尚も食い下がろうとしたが無駄であった。
「サルディス! ファシリアを部屋へと連れて行け! 邪魔だ!」
「はい。承知致しました」
サルディスがソファーから立ち上がり彼女の腕に手をまわす。
「嫌です!」
その腕を振り払おうとするが、逆に強く引き寄せられた。
「言うことを聞いて下さい姉上。父上に逆らうことなど出来はしないのですから」
「だからといって!」
ファンデール侯爵夫人レリアを殺すと言われて、大人しくなどしてはいられない。
何としても止めたかった。
「彼等は我々の城を攻撃したのですよ。当然の報いです」
「それとて元々は騙して向かわせたのではないですか⁈ 城にレリア様がいらっしゃらないと分かり、攻められたのではないですか?」
此度のランフォード公爵の目的。
嘘の情報を流しレリアを囮に自分の城へとジーグフェルド達をおびき寄せ、殺害してしまおうという計画であった。
ファシリアの言葉にサルディスが溜息を吐く。
「だから彼等は愚かなのですよ。こちらの手にはファンデール侯爵夫妻がいるというのに、あの愚行。見せしめは必要でしょう?」
「…………」
我が弟なのに根本的な部分で全く意見が合致しない。
レオニスとは大違いである。
どう説明すればよいのか分からなくなり、彼女は悲しい気分で俯いた。
その行為を納得したのだと受け取ったサルディスは彼女の背中を強引に押し、部屋から連れ出すのだった。
何時までもあの場にいたのでは、父から怒鳴られてしまうからである。
この場に自分がいても無意味だと思ったファシリアは、仕方なく侍女達と共に自分の部屋へと去って行った。
その後ろ姿をサルディスは見送る。
完全にファシリアの姿が消えてしまってからサルディスは再びサロンへと戻った。
丁度ジョセフがデュイス子爵への書状を書き上げ、ペレニアルが署名を刻んでいるところだった。
その作業が完了するとランフォード公爵は部屋から出ていく。
「父上、どちらへ?」
「ニグリータの部屋だ。ファンデール侯爵に用がある」
それだけ告げると彼は足早に行ってしまう。
ファンデール侯爵に用があるのに何故ニグリータの部屋に行くのか、首を捻るサルディスであった。
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