81話 悲しい再会【18】
一方、残されたアーレスは思う。
『救出すると言ってくれたが、そんなことは不可能だよ……。ここは【花の郭】なのだから……』
その性質上、正式な通用門から以外何人たりとも侵入できないようにと、ドーチェスター城の最深部に造られているのだ。
脱出など夢の話だと思っている。
『しかし、あの二人。どうやって入ってきたのであろう?』
考えても一向に分からない。
『もう長くはないであろう自分のことは放っておいて、彼等だけでも無事に逃げて欲しいものだ。カレルの姿を見るのもこれが最後であろうな……。陛下と…レリアにもう一度会いたかった……』
アーレスの頬を涙がつたう。
どの位時間がたったであろうか。
体力のないアーレスはいつの間にか眠りについていた。
部屋の扉が再び開く。
入ってきたのはイシスである。
カレルを城下町まで運び、再び戻ってきたのだ。
「‼」
ベッドに横たわっているアーレスを見て驚く。
側に駆け寄り、鼻孔に手を当て息があるのを確認すると深く息を吐き出し安堵した。
《はぁ…。よかった。息はある。急ごう》
彼をマントでくるみ背中に背負うと飛行しながら屋敷を出て、そのまま断崖絶壁目指して一気に飛んでいく。
飛行するイシスの後を浬がついて行った。
ファンデール侯爵アーレスの救出はひとまず成功したが、まだまだ予断を許さない厳しい状態は続くのだった。
ドーチェスター城を遠くに見る位置まできたイシスは東へと向かっている。
何か不測の事態がおきた場合、ここで落ち合うよう行きの道中でカレルと決めた場所へであった。
その途中の空の上でファンデール侯爵アーレスは、冷たい風が頬をうつのに気が付き目を覚ます。
「……ここは………」
次第に意識がハッキリとしていく。
そして理解する。
地面の上でないことに。
「うわっ‼」
背中でアーレスが動いたのでイシスが気が付く。
「あ。起きた?」
「これは一体……」
『夢の中なのか現実なのか? 私は気がおかしくなってしまったんだろうか?』
アーレスはそんなことを考えた。
「大人しく。 じっとして、いてね」
イシスから返ってきた言葉はこれだけだった。
すると、小さな林がいくつも点在している場所になり、その中のひとつに二人は降りる。
イシスは彼をゆっくりと地面へ降ろし背後にまわった。
そして、大きな木にその背をも垂れかけると、彼を抱きかかえるように引き寄せ自分の身体の上へと乗せる。
「!!」
あの場所で囚われていた間に、自分がどのような姿や臭いになっているか分かっているから、その驚きは大きかった。
止めておけと言いたくて口を動かそうとした時、頭の上から声が降る。
「動くな。じっと、して。体力、なくす」
ひどく辿々しい言葉遣いだ。
そして直ぐに身体が暖かくなっていくのを全身で感じた。
火が側にあるわけでもないのにポカポカとしてくる。
全く不思議な現象だ。
その心地よさに浸りだし、今いる場所がどこかも分からないのに何故か安心感に包まれる。
すると再び彼女がゆっくりと喋りだす。
アーレスが当然気になることを説明しようとしてくれているらしい。
「私、言葉へた。ここは外。じきに、カレル来る」
「そなたは…?」
「私はイシス」
「イシス?」
「そう、ジークが、付けた」
「陛下が?」
色々疑問はあるが、それらを質問するだけの体力が今のアーレスにはない。
「そ…うか……」
小さく頷くと静かに目を閉じた。
暫くすると馬の蹄と車輪の音が聞こえてくる。
「あ! 来た」
イシスは嬉しそうに呟いた。
時間は昼近くになっている。
カレルが城下町でイシスに頼まれた大量の買い物をし、それらを幌のついた馬車に乗せてやっと合流地点へときたのであった。
そして開口一番、上を指さすのだった。
「あれは便利だな。労せず居場所を探せた」
あれとは無論鷲の浬のことである。
先ほどからずっとイシス達の上空を旋回し、カレルに対する目印と誰かが近付いて来ていないかと見張りをしてくれているのだった。
「カレル……」
「アーレス殿。お待たせいたしました。ここまでくればひとまず大丈夫でしょう」
「本当に外に出られたのか……?」
「そうですよ! だから頑張ってくださいね」
言いながらカレルは願うのだった。
馬車の中には色々な物が所せましと置かれている。
殆ど全てイシスが彼に頼んだ物だった。
一番奥には少量の藁が積まれており、まずそこにアーレスをそっと横たえる。
その直ぐ側にワイン樽と空の樽が一つずつあった。
イシスはカレルに空の樽を地面に下ろして貰い、バケツで馬車の上にある樽から二人で交互に中身を移し、丁度半分になったところで作業を止める。
すると彼女は地面へと飛び降り、両手の袖を捲ると下に置いてある樽のワインの中に手を入れた。
「きゃ! 冷たい!」
思わず顔を顰めるが、そのまま引き上げることはなく時折バシャバシャとかき混ぜながら暫く入れたままである。
『一体何をしているのだろう?』
カレルはアーレスの隣でその様子を見守った。
その時である。
ワインから湯気が上がりだしたのだった。
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