79話 悲しい再会【16】

 時間は明け方近くになっている。


 カレルと宰相モーネリーは徹夜でこれまでの北西域連合軍とランフォード公爵軍の戦などの話をして情報交換を行う。


 そして朝日が昇る前に会話が一段落ついた。


「では、オレたちは【花の郭】に行ってみます」


「お気をつけてといいたいところですが、いったいどうやって入るおつもりなのですか?」


 宰相モーネリーの心配はもっともである。


「【花の郭】へ通じる道には兵士が数名常に詰めております。当然国王以外の男性が入ることなど許されないので警備はとても厳しいです。無人となってる今でも」


「無人? ニグリータ殿は?」


「王宮にいらっしゃいます。ジーグフェルド陛下が王宮を出られて直ぐに、以前使用されていたお部屋にお戻りです」


「!」


 【花の郭】はジーグフェルドの父である故ラナンキュラス国王の時代、寵愛されたひとりの女性が使用していた。


 しかし、彼女に子供はなくそれ以降使用されることはなかった。


 次の国王エルリックは在位期間が短かったこともあり、ダッフォディル国より嫁いできたニグリータのみである。


 彼が崩御した後のオクラータに至っては幼年だったので論外だ。


 そしてジーグフェルドが国王に就いてから、それまで王宮で生活していたニグリータが【花の郭】へと移ったのである。


 何故なら、王宮で生活することを許されるのは現国王とその家族のみであるから。


『ジークを王宮から追い出して。やってくれる……』


 どうやらプラスタンスが想像した通りのシナリオが演じられたようである。


 カレルは不愉快な気分になり唇を噛んだ。


「出入りできるのは女従のみです。そちらのイシス殿であればなんとか可能でしょうが……」


 宰相モーネリーがイシスを見た。


「?」


 話を理解できていない彼女が首をかしげる。


「まあ…。それに関しては心配無用です。策はありますから」


 笑顔で答えるカレルに宰相モーネリーは不安をおぼえた。


 彼ですら入りえなかった場所だ。


 当然とても危険な潜入になるからである。


「一体どんな方法で……」


 そこまで言って、宰相モーネリーはハッとした。


「!! まさか! カレル殿は女装されるおつもりでは!?」


「はぁ!?」


 宰相モーネリーの突飛な考えに対し、瞬時に顔を引きつらせたカレルだった。


 一瞬、頭の中で自分の女装姿をイメージして直ぐに抹殺する。


『冗談じゃない!!』


「しかし、それ以外に方法が……。陛下のためにそこまでなさるとは……」


「いや…。違いますよ」


「えっ!? では…。まさかご趣味で!?」


「いや…………。もっと違います…………」


「服でしたら直ぐに調達いたしますよ」


 どうしても頭から離れないようだ。


「…………」


 宰相モーネリーの大いなる勘違い。


 イシスの飛行能力を説明できないカレルは困ってしまう。


「あのぉ~」


 そんな場の空気をなんとなく察知したイシスが空になったティーカップを指さした。


「おお。気が付かなくて申し訳ない。直ぐにお茶のお代わりをお持ちさせましょう」


「!」


 宰相モーネリーが席を立ち部屋を出て行った。


「今のうちだ! イシス行くぞ!!」


「分かった」


 カレルが急いで席を立つ。


 このままでは女従服を持って戻ってくるかもしれない。


 ふたりは誰にも見つからないよう、そそくさと部屋の窓より退散した。


 そして、そのまま背後の山林側から空を飛んで、直接王宮裏手の断崖絶壁の上にきたのだった。


 カレルとイシスは木々の影に身を潜め、約七十メートル下の【花の郭】を慎重に見下ろしていた。


 そんな二人の上空を鷲の浬がゆっくりと旋回し周囲を見張っている。


 モーネリー家をでたとき、カレルは一旦宿屋に戻り再び夜になるまで待とうかとも考えた。


 しかし、時間が惜しいし少しでも早く情報を得たかったため、多少の危険は仕方ないと判断しての行動である。


 だが、明るい中での作業になるので気を利かせたイシスがカレルをこの場に運んだ後、宿屋から浬を連れてきたのであった。


 浬ならば誰の目に留まっても問題はなく、情報をイシスが教えて貰うことが出来るからである。


 登った太陽が周囲を明るく照らし、その光に夜露が反射してキラキラと輝き出す。


 無人の【花の郭】であるが、どの庭園も綺麗に手入れされていた。


 もう直ぐ雪の季節となるのに、まだ花がたくさん咲いている。


 こんな事でもなければ一生見ることなどあり得ない【花の郭】の光景に、カレルは眩しくて目を細めた。


 その横でイシスは美しい光景にただただ見惚れる。


《きれいだな。ここはなんだろう?》


 そして、カレルは気付いた。


 『人が生活している様子が全くない……』


 早朝とはいえこの時間ならもう使用人達が起きていて、朝食の準備をしているはずなのに、どの屋敷の煙突からも煙が上がっていない。


 更に薪を取りにや水をくみに外に出てくる者達の姿も見当たらない。


 その時である。


「!」


 使用人服姿の女性がひとり、中央の門から【花の郭】へと入ってきた。


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