77話 悲しい再会【14】

 まずいことに丁度窓際に人がいて気付かれてしまったのだ。


 カレルもイシスも慌てた。


『うわっ!!』


《まずい!!》


 しかし、カレルがイシスの背におぶさって空へと逃げるよりも、悲鳴を聞きつけ部屋に人が入ってくる方が早かった。


「どうした!?」


「あなた! ま…窓に……人影が!」


 怯えて駆け寄ってくる女性を、自分より遅れて部屋に駆けつけた若い男性がいる安全な扉側に押しやると、窓を勢いよく開け放ってテラスに出て行く。


 そして彼は凍り付いた。


 目が点になっているといった方がいいかもしれない。


 あまりのことに手に持っていた護身用の短剣を落とす。


 カラーンという虚しく乾いた音が周囲に響いた。


「シュ…シュレーダー伯爵家の……カレル…殿!?」


 宰相アナガリス=モーネリーは今自分が目にしている光景が信じられないといった表情であった。


 それも当然であろう。


 ここはドーチェスター城最深部の【青の郭】。


 容易に人が忍び込める場所ではないうえ三階なのだ。


 そんな場所に人がいること自体不思議なのである。


「モーネリー宰相!」


 更にカレルは今まさにテラスの手摺りから飛び降りようという体勢で背を向け、顔だけを彼の方に振り向かせていた。


 しかもその身体が奇妙な感じでくの字に曲がっているうえ、マントの下から出ている足が異常に細い。


 何とも変な格好であった。


「ま…待て! 止まれ。イシス!!」


 カレルの方もテラスに出てきた人物が目当ての宰相モーネリーであると分かった。


 今のも飛ぼうとしているイシスを止め、彼女の背中からノソリと降りて苦笑いをする。


「夜分こんな場所から失礼します。探しましたよ、モーネリー宰相。お会いできてよかった……」


「本当に…カレル殿なのですか!? 一体どうやってここまで…ひっ!」


 そこまで言った彼は再度驚くことになる。


 カレルの背後、脇の下あたりからヒョコリとイシスが顔を覗かせたからだ。


「彼女はイシス。ジーグフェルドの赤い月です」


「赤い月…? 陛下の!?」


 驚きと困惑が混乱する宰相モーネリーにイシスが少し引きつりながら笑顔を作って挨拶をした。


「初めまして、宜しく」


「あ…、はい。こちらこそ宜しくお願い致します」


 それでも丁寧に挨拶を返すあたりは長年の宰相生活のたまものであろう。


 心の動揺をあっさりと押さえ込み見事な仮面の被り方である。


 しかし暗がりでも直ぐに分かった。


 その容姿から彼女が異国の者であると。


「カレル殿…、彼女は一体……!?」


 驚きを隠しきれない宰相モーネリーだった。


「説明は後ほど。 出来れば中へ入れて頂けませんか?」


 眼下に警備の者はいないが何時どこからやってくるか分からないし、発見されれば厄介なことこの上ない。


 先ほど窓を開ける際、大きな音をさせているだけにカレルは不安だったのだ。


「分かりました。どうぞ中へ」


 それは宰相モーネリーも同じだったので素早く二人を部屋の中へと招き入れる。


 と、そこには不安そうな表情の彼の妻と息子が控えていた。


「こんばんは。このような場所から申し訳ない」


 侵入者が誰なのか分かったので安心した彼等は手短に挨拶をすませると、話の邪魔にならないよう退室する。


 カレルとイシスは椅子を勧められ宰相モーネリーと向き合った。


 カレルと宰相モーネリーは遠くから姿を見ることは何度もあったが、向き合って会話を交わすのはお互いに初めてである。


 先ほど彼がジーグフェルドのことをまだと呼んだのでカレルは安堵して話を切りだした。


 時間を無駄にしている余裕はない。

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