76話 悲しい再会【13】

 イシスとカレルは道中何事もなくドーチェスター城に到着することが出来た。


 通称【白の郭】と呼ばれている城下町の宿屋に部屋を借り、夜になるまで仮眠と食事を取ってのんびりと時間を潰す。


 カレルは通りに面した部屋の窓から外を眺めた。


 通りには絶え間なく多くの人々が行き交い、各商店や露店から威勢のよい声が聞こえてくる。


『ここは今までと全く変わらないな……。ほんの数日離れた場所で、国を二分するような戦が行われているとは思えない光景だ』


 自分が違う世界に入り込んでしまったような錯覚を覚えるが、これは紛れもなく現実である。


 彼は唇を噛みしめ、視線を上方へと向けた。


 その遙か彼方に、美しい白壁が夕日に映える城がそびえ建っているのだった。


 一方、隣の部屋でもイシスが城を窓から眺めている。


《すごい城下町! なだらかな斜面を見事に利用して建物が建てられている。最奥の城は荘厳だわ……》


 ドーチェスター城はひとつの山を利用して造られ四層の郭からなっていた。


 一番外側は一般人が生活する場所で最大の面積を持つ【白の郭】。


 今イシスとカレルがいる場所である。


 そのひとつ内側が伯爵・子爵・男爵達が王宮に滞在する時に使用する屋敷が立ち並ぶ【黄の郭】。


 ここは王宮に近ければ近いほど地位が高いことを示していた。


 更に奥は中央にある通路で二つに区切られ、向かって左側に公・侯爵の屋敷がある【緑の郭】。


 右側が国賓を迎えた時に使用する【赤の郭】となる。


 最深部は国王達が生活したり執務を行う城がある【青の郭】だ。


 その城から北東に位置する場所にもう一つ仕切りがあり後宮【花の郭】となっている。


 そして【青の郭】と【花の郭】の裏手は約七十メートルにも及ぶ切り立った絶壁となっており、また山の反対斜面も急傾斜となっているため、人の侵入を強固に防いでいた。


 それぞれの郭の間は約十五メートル程の頑丈な石垣に守られ、奥に行くための門も通路も中央にひとつだけである。


 門の周辺は常に兵士によって守られ日没と同時に堅く閉ざされる。


 何人たりとも出入りを許されないことになっていた。


 一度ここが戦場と化した場合、バーリントン伯爵城よりも攻めにくい城となるのだった。


 暫くすると周囲にはすっかり夜の帳がおりた。


 だが、【白の郭】にはたくさんの明かりが灯り、人がまだ大勢通りを行き交っている。


 高く堅固な壁から外に出ることも深部側の【黄の郭】へ進むことも出来はしないが、【白の郭】内であれば行動は自由である。


 昼とはまた別の様々な店が開店し、それを目当ての客が出歩くのであった。


 この明かりは明け方になるまで消えることはない。


 ここが不夜城と言われる所以ゆえんである。


 深夜近くなってカレルはイシスを伴い街へと出た。


「行くぞ!」


「了解」


 馬は宿屋に預けたまま徒歩である。


 雪の季節が近づいているせいか吐く息が白く変わる。


 寒さのせいもあるが、異国の娘だと周囲に分からないようにとイシスは布を頭からも被り目の付近だけを出していた。


 目立たないようドーチェスター城までの道中もずっとそうだった。


 改めて並んで歩くとカレルの脇の下あたりに彼女の頭がくる。


『ホント、小さいよな……。ジークとオレが同じくらいだから、デコボコだ……』


 などと余計なことを思う。


 【黄の郭】との境の城壁。


 家もまばらになる場所まで来て周辺に人気がないのを確認すると、カレルは例の如くイシスにおぶってもらう。


「頼む……」


「よっ!」


 小さなかけ声と共に、イシスが地を蹴り空へと上がる。


 雲が多いため上空はかなり暗い。


 その中を最深部【青の郭】にある王宮目指して一気に進んで行く。


 前回のバーリントン伯爵城では驚きのあまり何も考えられなかったのだが、冷静な今カレルは複雑な気分であった。


『この格好はなぁ……。情けないったら……』


 先ほど並んだ際に小さいと思った女性の背中におぶさっているのだから。


『しかし、イシスのこの能力がなければ、これほど簡単にここまでは来れないしな。どうして何もないのに飛べるのだろう…?』


 不思議がりながらも感謝するカレルであった。


 イシスの背中越しに手を伸ばし行く先を指示して目的の場所。


 執務室へと辿り着く。


『モーネリー宰相はまだそこにいるはずなんだが……。ん? 部屋に明かりが灯っていない』


 ジーグフェルドが玉座に就いていた時分は、深夜まで彼と二人で色々執務を行っていたと言っていたのにである。


「はて? もう自宅へ帰ったのか? それにしても早いな……」


 不審に思うカレルだった。


「いないのか?」


 そんな彼の空気を感じ取ったイシスが聞いてくる。


「ああ、どうやらもう帰ったみたいだ。反転してくれ」


 手で方向を指し示す。


「了解」


 進む先は王宮から少し離れた森林の中に佇む離れのような屋敷であった。


《うわぁ。すごい綺麗》


 質素な雰囲気の石造りの三階建て。


 重厚なおもむきがある。


 屋敷周辺の木々は綺麗に揃えて植えられ、下草は刈り込まれ手入れが行き届いており正面には広い池が配置されていた。


 モーネリー宰相の自宅は、その役割上から国王達と同じ【青の郭】の一角にあるのであった。


 三階に明かりの灯っている部屋が二つ見えたところでカレルが愚痴る。


「困ったな…。宰相の部屋が分からないぞ……」


 てっきり執務室にいると思っていたので、こんな事態を考えてジーグフェルドに聞いておくのを忘れていたのだった。


「しょうがない……。イシス、取り敢えず右の部屋のテラスにそっと降りてくれ」


「分かった。右…ね……」


 イシスはカレルに言われた通り右側のテラスの部屋の中から見えない位置にそっと降りる。


 が、その直後にバランスを崩して彼女は蹌踉よろけた。


「あっ!」


「うわっ!」


 空を飛んでいる時には背負っている者の重さをさほど感じないのだが、一度地面に降りると急に重くなる。


 イシスからすると、いつもと背負っていた者が違うせい。


 カレルからすると、空中飛行が二度目ではあっても慣れてはいないため身体の感覚が狂ってしまっていた。


 ということで、お互いに着地のタイミングが合わなかったのだ。


 ジーグフェルドの時にはあり得なかった失態である。


 幸いにもイシスはその場に踏みとどまったが、カレルの方は窓の方へと蹌踉けて数歩動いてしまう。


 しまったと思った時にはもう遅かった。


「ひっ! だ…誰か!? 誰かー!?」


 部屋の中から女性の悲鳴が聞こえる。

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