75話 悲しい再会【12】
「イシスを…その……。襲うな…よ……」
「はぁぁ!?」
『一体何を言っているん…だ』
カレルはそう思った。
しかし、初めて見せるジーグフェルドの半分はにかんだような、半分祈るような感じの表情に驚いた。
そして次の瞬間ピンとくる。
『はは~ん。そういうことか!』
共に育ってきた幼なじみが女性に対し、初めて本気になったのだと分かった。
昨日二人して戻ってきた時、彼が発していた柔らかい空気からもっと早くに気付くべきだったとも思う。
先ほどイシスに対して「行かせたくはないが」と言っていたのには、こういう意味が含まれていたのだ。
『そりゃぁ…まあ……心配だろうな……。好きだと自覚した翌日に、他の男とたった二人きりで遠方へと送り出すのだから……』
少々気の毒に思う。
しかし、ジーグフェルドがあまりにも拗ねた小さな子供のような表情をしているので、カレルはついからかいたくなってしまう。
「そうは言われてもなぁ…。若い男女二人っきりだし~。彼女の同意を得られれば襲うにはならんと思うが~?」
楽しげに言ってやったらショックを受けたのか、真剣にヘコんだ表情になってしまった。
「やっぱ…。オレが自分で行く!」
とんでもないことを言い出した。
いくら重要な任務とはいえ軍の総大将が動いては困る。
カレルは慌てた。
「わ~~!! 悪かった! 悪かった!! 何もしないから安心しろ!」
「本当……か!?」
『からかいすぎた…か……』
いまひとつ信じ切れないといった表情のジーグフェルドである。
そして、あまりにもいつもの彼に戻っていたのでカレルは忘れてしまいそうになっていた。
本当のではないが約十九年間母と信じていた女性を亡くしたばかりばということをだ。
「信じろよ!」
カレルはニッコリと笑った。
いつも彼が見せる自信たっぷりの笑顔である。
「分かった」
その笑顔につられるようにジーグフェルドも笑顔を返してきた。
「信じて待っていろ! 彼女もファンデール侯爵もきっとジークの元に無事に連れて帰る!」
カレルは準備されている自分の馬に跨った。
「だからって、カレルも失うわけにはいかない存在なんだから、無茶をするなよ!」
「そんなドジするか!」
嬉しい言葉に軽口で答える。
危険な任務に赴くというのに、相変わらずな幼なじみにジーグフェルドは苦笑した。
『以前ファンデール侯爵家の偵察に行って貰った時もこんな感じだったな』
本当に頼もしく頼りになる存在だ。
「それに……」
「何だ?」
「…いや……。何でもない…」
「……? 気を付けてな」
「ああ!」
今度は静かに笑った。
それに安心したのかジーグフェルドはイシスへと近寄った。
彼女ももう既に翼の馬上である。
「気を付けて。必ず無事に戻っておいで」
顔を見上げながらそっと片手を伸ばし包み込むように頬に触れる。
触れられた暖かな手の温もりが朝の冷気の中で本当に心地よく、イシスはニッコリと微笑んだ。
「ああ!」
返ってくる言葉の口調は本当にジーグフェルドそっくりである。
彼が教えているのだから当然といえば当然だ。
『本当に愛しい…』
イシスを見つめるジーグフェルドの表情も自然と綻ぶ。
その和やかな雰囲気の二人をカレルは見つめた。
『鳥のような翼もないのに空を飛び、何もないのに火を熾す。そんな赤い月の女神相手に恋をすることが出来るなんて大した男だ。イシスの隣に立つのは、オレではきっと役不足だよ……』
そんなことを考えカレルは苦笑する。
そこへプラスタンスやジュリアたちが集まってきた。
「では、行ってくる」
「ああ! 気を付けてな!」
「いってらっしゃい」
馬上の二人に色々な願いを託してジーグフェルドたちはその後ろ姿を見送った。
『重大な任務を任されたのだから気を引き締めなければ…いかんのだが……』
先ほど見せたジーグフェルドあの表情があまりにも面白かったため、陣を出発してからずっとカレルは笑いが止まらないのだった。
隣でイシスが不気味がっていることになど全く気付かずに。
《一体なにがそんなに可笑しいのだろう? 悪いものでも食べたのかな?》
隣に並んで同行しているイシスには皆目分からない。
その二人の頭上には、鷲の浬がクルクルと旋回しながらついて行っていた。
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