73話 悲しい再会【10】

 夕食を取り終わったジーグフェルドは自分の天幕へイシスとカレルを呼んだ。


「二人に頼みがある」


「何だ?」


「ドーチェスター城へ行き、父を奪還してきて欲しいのだ」


「!」


 流石にこの申し出には驚くカレルであった。


 その隣でイシスは、ジーグフェルドが言った言葉の意味が分からずキョトンとしている。


「ドランディ伯爵の元に残してきた兵をここに集結させるよう指示は出したが、父が囚われている限りランフォード公爵城に進軍することはできんからな」


「たった…。二人…でか……?」


「ああ、そうだ」


「………策は?」


 不安げなカレルの質問にジーグフェルドは力強く応えた。


「彼に…。モーネリー宰相に会え!」


「アナガリス=モーネリー宰相か……」


「ああ。彼が無事であるなら、きっと何らかの情報を持っているだろう。オレを逃がしてくれたことで、ランフォード公爵の怒りを買い、殺されてしまうのではないかと心配したが」


 ジーグフェルドはアフレック伯爵城でジオが戻ってきた時のことを思い出す。


「一番最後までドーチェスター城にいたジオ殿から、モーネリー宰相が粛正しゅくせいされたとの知らせは聞かなかった。そして東西を二分したかのようなこの内乱の今も、他国からの侵略なしにとして成り立っていることを考えると、生きていて政務をこなしていると判断してよいと思われる」


 このメレアグリス国において宰相というのは、秘密を守るため世襲制の名誉職となっていた。


 貴族の一員としては数えられないため爵位を表す称号を持たないが、地位的には国王の次に数えられ臣下に下った公爵よりも上となる。


 更に国内外の情報やドーチェスター城内部の構造に精通し、それを代々伝えていくため、新しく玉座に就いた国王より豊富な知識を持っているのであった。


 ランフォード公爵によって城を包囲された際に、ジーグフェルドが知らない秘密の通路を彼が案内できたのはこのためである。


 だからといって彼等は決して国王の上に立つことも傀儡かいらいとすることもなく、常に自分達の持ち得る知識を与え支える立場を貫き、それを誇りとしてきた。


 それがモーネリー家なのである。


 では何故このような制度が発生したのかといえば、王家では親子や兄弟姉妹といえど、基本的にはお互いに信用できない立場にあるからだ。


 王家の人間というだけで常に命を狙われ、更に兄弟姉妹同士で王位相続権を巡って争っている。


 親子では子供が父を早く引退させようと企み、親は子供が自分よりも優れたるを妬み命を摘み取る場合があるのだ。


 権力が絡むと通常の常識では考えられないことが親子関係の中で起こるのである。


 そのため、同じ城に住んでいても王位を譲り渡すその瞬間まで、王は子供に城内部の構造特に抜け道の類は教えないのだ。


 だが、突然の不幸によって次王に何も伝えられないまま城を継承しては困るため、宰相にこの役目が託されたのである。


「モーネリー家無くして王家は成り立たないからな」


 それほどモーネリー一族は王家の深部に食い込んでいる存在なのだ。


 それはあの短慮なランフォード公爵も十分に分かっていたのだろう。


 だから殺すことはおろか蟄居ちっきょさせることも出来ないでいるのだと考えられる。


「なるほど……。だが寝返ったりしていないだろうか?」


「それはなかろう。そもそも寝返るくらいなら、あの事態でオレを逃がしたりはしないだろうさ」


 カレルの不安にジーグフェルドはあっさりと返した。


 アザミの抜け道で最後に見た彼の顔を思い出す。


 胸の懐にはモーネリー宰相から渡された鍵が大切に保管されている。


 その部分にジーグフェルドはそっと手を当てた。


「分かった。無事で屋敷にいてくれることを願おう」


「そうだな。その後の作戦は任せるよ」


「ああ!」


 そして次に、絵やゼスチャーを交え時間をかけてイシスに説明するのだった。


 おおよそを飲み込めた彼女は快諾してくれた。


『危険な任務なので行かせたくはないが、どうしても秘密裏に奪回する必要がある』


 母レリアの場合と違って父アーレスに対しては、『こちらにいるファンデール侯爵アーレス殿の身を案じるならば、これ以上の進軍を即刻中止し投降するように』であったから。


に任務を遂行するに当たってイシスの飛行能力は欠かせない。幸いなことにデュイス子爵は母の死を、まだランフォード公爵に知らせてはいないというし』


 ならばこの救出作戦成功の可能性は十分あるとジーグフェルドは思い、二人に託したのだった。

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