72話 悲しい再会【9】
戻ってきた二人を皆が心配そうに出迎える。
ジーグフェルドは彼等の顔を見渡した。
「心配をかけてすまなかった」
すっかり元に戻ったようだ。
「ご無事で宜しゅうございました」
プラスタンスがホッと胸を撫で下ろす。
同時にジーグフェルドの隣に並んで立っているイシスに視線をおくる。
『……一緒だったのか…』
そして少し離れた場所でカレルが小さく安堵の溜息を吐いていた。
陣に戻って早々、ジーグフェルドは天幕へと母の侍女達を呼んで今までの状況の聞き取りを行う。
疲労の色が濃く残っている彼女達には気の毒であるが、全てのことを一刻も早く行う必要がある。
聞きたい要点を掻い摘んで、出来るだけ短時間で済むように心がけた。
『母がファンデール侯爵家から連れ去られる際、決して側を離れないと必死に志願してついて行ったのだとヒルスターが言っていた……。今まできっと苦労だらけだったであろう』
ジーグフェルドの胸が痛む。
レリアの一番側で使えていた侍女が伝えてくれた。
「最後まで陛下のことを気遣っておられました。お城を出てからは、日に日に弱っていかれ……。それでも生きようと、陛下に再びお会いするまではと…。賢明に頑張っておられました……」
彼女の言葉の語尾は涙で掻き消される。
「よく母に使えてくれた。感謝する……」
彼が労いの言葉をかけたその瞬間、侍女達三名は地面を覆うように伏したのだった。
彼女達を休ませるようにファンデール侯爵家の兵へと指示する。
そして、その後直ちに広場へと首脳陣達を集合させデュイス子爵と面会する。
先のレオニス同様、側に寄ることなど許されぬ距離がおかれていた。
デュイス子爵は短く手入れした白髪と白い口髭を蓄え、黒い喪服に身を包んだ中肉中背の老人である。
何故彼がこの場に同行してきたのかジーグフェルドはその真意を測りかねていた。
するとデュイス子爵は恭しく膝をおり挨拶をする。
「このたびの訃報。お悔やみと、お詫び申し上げます」
「詫び……?」
「はい。当家においてお亡くなりになられたのですから、私の落ち度でございます」
「捕虜のように連れて行った者の安否など、お前達は気にしないのではないのか?」
「…………」
皮肉たっぷりのジーグフェルドの言葉に彼は無言であった。
このような事態になってしまったのだ、今更どんな言葉も通じないのだと彼は思っているのである。
そして言葉をぶつけてみたものの全く反応を示さないデュイス子爵に、ジーグフェルドは少々困っていた。
『侍女達からの話では、デュイス子爵城に到着した時に母レリアはもう意識が殆どない状態であったという。更に彼はとても紳士的で必死に介護をしてくれ、侍女達にも親切だったと……』
ジーグフェルドは届けられた母の棺の状態を改めて思い出す。
『白い棺の上に掛けられている黒の上質な絹。丁寧にファンデール侯爵家の紋章が銀糸で刺繍されていた……。母のことを敬ってくれている証拠だ。そして本来ならば母の死を隠し、ランフォード公爵から受けた作戦を実行し続けることも可能であったはず……』
人間としてまた騎士として正しいかと問われれば、否であるとしか言えない行為だが、戦においてはそれもひとつの立派な戦術である。
しかし、デュイス子爵はそれを選択することをしなかった。
「デュイス子爵…?」
「どれほど最善を尽くしましても、結果が伴わないのであれば何も為していないのと同じこと。お詫び申し上げます」
彼の姿勢は崩れない。
ジーグフェルドは質問を変えてみることにした。
「何故…、ここに貴殿ひとりで来られた?」
「家督は息子に譲って参りました」
「!」
デュイス子爵のこの言葉に、ジーグフェルドのみならず周囲に控えていた者達も大層驚いた。
彼はレリアを死なせてしまった責任をひとりで背負い、自分の命でもって償わせて欲しいと言っているのだから。
「貴殿……」
「レリア様と私が同等の価値とは申せないでしょうが、どうかこの年寄りひとりでお許し頂きたい」
あまりにも潔い態度であった。
「…………」
ジーグフェルドは言葉を失いジッと彼を見つめた。
いや、彼の発するオーラに気押されしているといってよいであろう。
自分を見つめるデュイス子爵の中に父アーレスの姿を見た。
容姿は異なるがその精神が全く同じなのだ。
『父上………』
彼は心の中で呟いた。
周囲は彼の判断をジッと見守っている。
皆辛い表情をしていた。
「貴殿は……、此度の内乱をどう思われる?」
「ランフォード公爵私欲の果ての簒奪だと」
ジーグフェルドの質問にデュイス子爵は目を閉じ静かに答える。
「…………。家督はご子息に譲られたと申されたな?」
「左様で御座います」
「彼は私に会う意志はあるのか?」
「!」
デュイス子爵は驚いて目を見張った。
「陛下……。それは……」
「次はないぞ!」
そう言い放つとジーグフェルドは席を立った。
その場に残されたデュイス子爵は涙を流し頭を下げたのだった。
ジーグフェルドは彼を許したのである。
「宜しいのですか?」
広場を離れた彼にプラスタンスがそっと聞いてきた。
今ここにある軍勢ででもデュイス子爵城を攻め落とすことは十分に可能である。
恐らく簡単に。
「そうするのは簡単ですが……。それでは私が人でなくなる気がする……」
「陛下……」
プラスタンスの顔が綻んだ。
この悲しみの中ででも怒りで物事を判断してしまわず、慈悲の心を失わなかった彼が嬉しかったのである。
「レオニス=メルキュールについては?」
「同じです。処遇を変更するつもりはありません」
「かしこまりました」
プラスタンスがニッコリと微笑むと彼は続けた。
「残してきた全軍を呼んで下さい。お望み通りランフォード公爵城を攻めてやろう! 奴に帰る場所など与えぬ!」
怒りを向けるべき相手に彼の瞳は照準を定めたのだった。
更に母の棺をファンデール侯爵家へと運び、手厚く埋葬するようにと兵士に命令する。
本当ならば自らの手で行いたいが現状ではそんなことは言っていられない。
まだ、父アーレスのことが残っているのだから。
その際、侍女達も共に帰るように促したのだが、ここに残るといってくれたのでイシスの世話役へとまわすことにした。
夕闇が迫る中、ジーグフェルドたちはレリアに永遠の別れを告げ馬車を見送る。
そして、父アーレスを何としても奪い返すと強く刻み誓った。
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