71話 悲しい再会【8】
「…………」
レリアの棺が置かれている天幕のそばにジュリアはたたずんでいた。
中にはジーグフェルドがひとりっきりでいる。
侍女たちを払ってからもうずいぶん時間が経っていた。
本当にいるのか心配になるくらい静かだ。
そこへプラスタンスがやってきた。
「お母さま………」
「陛下はどうだ?」
もういつもの母に戻っている。
凄いとしかいいようがない。
そんなプラスタンスに無言で首を横に振るジュリアだった。
「……そうか……」
ため息交じりに言葉を吐き出す。
「しかし、悲しんでばかりもいられない。この先どうするか決断して頂かないといけないし。デュイス子爵の件もある」
「ですが。もう少し……」
「そうもいかぬ……」
それが人の上に立つ者の
「陛下! 失礼しますよ」
そう言ってプラスタンスは天幕の入り口を捲った。
「陛…下……?」
しかし、中はシンと静まり返っており、人の気配が全くなかった。
「陛下!!」
天幕を慌てて飛び出してきたプラスタンスにジュリアが驚く。
「ど…どうなさったのです!?」
「陛下がいない!!」
「なっ!!」
天幕の側にいたというのに、いったいいつ出ていったのだろうとジュリアが蒼ざめる。
「どうした?」
そこへカレルがやってきた。
「陛下が天幕にいらっしゃらないの!」
「なんだと!?」
「カレルも知らないのか!?」
「ひとりにしておこうと自分の天幕にいたから……」
「いつの間に……。どうやって出ていったのだ……!?」
プラスタンスとジュリアとカレルが動揺した。
ひとりでいるのだとしたら狙われてはとても危険だ。
「どうかされましたか?」
騒ぎを聞きつけて周囲に人が集まってくる。
「急いで探索させよう!」
そんな中、ジュリアが気が付いた。
「! そういえばイシスもいないわ!」
「なに!?」
丁度騒ぎが起こった頃、ジーグフェルドは近くの森の中にいた。
どこをどう歩いたのか自分でも分からないし、陣からどのくらい離れたのかも分からない。
気が付けば小さな泉の側に立っていたのだ。
『何がいけなかったのだろう? どこでこうなってしまったのだろう? いったい……』
頭の中でグルグルと思考がめぐる。
「いったい母が何をしたというんだ!!」
突然吐き出した言葉が木々の間をすり抜けていった。
それでも涙は出ない。
「……泣くことさえ許されないのか………!?」
呟いた時、近くでカサリと音がした。
「誰だ!?」
周囲を見渡すが何もない。
しかし、人の気配はする。
「?」
「ごめん……」
声が聞こえてきたのは木の上からだった。
「イシス!!」
見上げてジーグフェルドは驚いた。
彼が天幕を出ていくのを発見して、上空から鷲の浬と一緒についてきていたのだった。
自分を見上げるジーグフェルドのそばにイシスはフワリと降り立った。
「心配で、ついて、き……」
ジーグフェルドは無意識のうちに彼女を抱きしめていた。
自分の腕の中にすっぽりと納まったイシスの温もりを感じた瞬間。
「!」
ジーグフェルドの目からひと粒の涙がこぼれ落ちた。
イシスは彼の背に両手をまわしギュッと力を込めた。
「側に、いるから。泣きたい、だけ、泣く。すると楽になる」
辿々しいが思いやりにあふれた彼女の言葉はジーグフェルドの心にトドメを刺した。
冷え切っていた彼の身体と心に彼女の温もりと優しさがしみ渡る。
「イシス……」
大粒の涙が止まることを知らないかのように後から後から流れ出る。
「…母上……。母…上……」
遂に守りきれなかった愛しい母を偲ぶ。
イシスはジュリアから色々と聞いていたのだった。
レリアやアーレスがジーグフェルドにとってどれほど大切な存在であるかと、現在の状況についても。
《二人は彼にとって本当の親ではないと説明されたけど、実の親以上の存在だったのだろう。世の中には血のつながり以上に大切な絆があることも知っている。ジークたちの場合がそうだったのね……》
無論言葉の壁があるので、なかなかスムーズに全てを理解するには至らない。
理解出来た言葉や今まで起こった事柄から、置かれている状況や心理などを想像することが大切なのである。
《ファンデール侯爵家を奪回した時、ジーグフェルドが女性のものと思しき部屋で佇んでいたのを思い出すな……》
彼の年齢的に妻なのかなと思っていたがそうではなかった。
そして彼に妻はいないとも聞いた。
《ならばまあ、私がこの程度で彼を慰めるくらいは、特に問題ないよね》
どれくらいの時間が過ぎたのか分からないが、夕暮れ近くまでイシスはずっと同じ体勢でジーグフェルドを支えていたのだった。
夕日が沈みだした頃、二人は陣へと戻る。
その上空には浬がのんびりと旋回していた。
記憶を辿れば、いつも落ち込んだ気分を癒してくれたのは彼女である。
『ローバスタ砦でも、ガラナット伯爵城でも。そうだったな……』
夕日に照らされるイシスの横顔をジーグフェルドは無言で見つめた。
『いつも未来を見つめているかのように強い輝きを放つ双眸。凛としたピンク色の唇。柔らかな肢体。そして何者にも怯まない強い意志と……優しい心』
切ないほど愛しくかけがえのない存在であると、この時彼は初めて思ったのだった。
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